平安神宮
昭和初期のガイド文
市電平安神宮前下車、岡崎公園の北に接します。明治28年(1895年)京都市にて平安奠都1,100年祭を挙げるに際して、桓武天皇の大きな計画を追慕し、天皇を祭神としてこの神社を創建したものです。昔大内裡の造営にあたり、天皇が最も宸念をこめられた大極殿と応天門とを2分の1の大きさで模造して、それぞれ拝殿および神門にあてています。
応天門を入ると約70mで竜尾壇に達します。東西80mあまり、朱欄を設け左右の石階から昇降できます。南庭を距てて大極殿があります。その構造は宸殿造で、桁行30mあり、殿の両方は歩廊で長さ各20m、さらに南に折れて25m延び、その端は高楼となって東を蒼竜、西を白虎と呼ばれます。すべて丹塗で、屋根は碧瓦、棟の両端には金銅の鵄尾を置いてあります。大極殿の北に神殿があり、屋根流造檜皮葺、檜の素木造です。本殿の後方は神苑となり、大池をたたえて樹石清楚の趣深く、静寂な名苑です。例祭は4月15日で、10月22日の時代祭は名高いものです。
令和に見に行くなら
- 名称
- 平安神宮
- かな
- へいあんじんぐう
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 京都府京都市左京区岡崎西天王町97
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
市電平安神宮前下車、岡崎公園の北に接する。明治二十八年京都市にて平安奠都一千一百年祭を擧ぐるに際して、桓武天皇の宏謨を追慕し、天皇を祭神としてこの神社を創建したものである。昔大內裡の造營に當り、天皇が最も宸念をこめられた大極殿と應天門とを二分の一に模造して、夫々拜殿及神門に充てゝ居る。
應天門を入ると約七〇米で龍尾壇に達する。東西八〇米餘、朱欄を設け左右の石階から昇降される。南庭を距てゝ大極殿がある。その構造は宸殿造で、桁行三〇米あり、殿の兩方は步廊で長さ各二〇米、更に南に折れて二五米延び、その端は高樓となつて東を蒼龍、西を白虎と呼ばれる。全部丹塗で、屋根は碧瓦、棟の兩端には金銅の鵄尾を置いてある。大極殿の北に神殿があり、屋根流造檜皮葺、檜の素木造である。本殿の後方は神苑となり、大池を湛へて樹石淸楚の趣深く、靜寂な名苑である。例祭は四月十五日で、十月二十二日の時代祭は名高い。
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