六波羅密寺

六波羅密寺[新義眞言宗]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

市電東大路松原町下車、轆轤町にあります。西国三十三所の札所、昔から巡礼者が盛んに参詣する寺で、非常に広大な規模をもった寺でしたが、現存の古建築はただ一棟あるだけです。この地は平氏の一族が隆盛を極めた時代には、その壮大な邸宅軒を並べ、平清盛の邸宅もこの付近にありました。次いで北条氏はここに探題を置きました。

本堂[国宝] 桁行七間、梁間五間、向拝三間単層、屋根四注造、本瓦葺の建築で、最初のものは平安時代の寿永2年(1183年)に焼け、その後室町時代の貞治年間(1362~1368年)に再建したものといいます。また豊臣秀吉が大仏殿を建立した際には、余材をもって修理を加えたと伝えています。天井は組入天井で極彩色を施し、周囲一間通りを丹塗の化粧屋根裏としています。

  • 宝物
  • 十一面観音像[国宝] 一体 木造、高さ2.4mあまりの巨像で藤原時代の作です。
  • 四天王立像[国宝] 四体 木造、筋骨逞しく古致に富んだ佳作で、持国天は鎌倉時代の補作、その他は藤原時代の作と思われます。
  • 地蔵菩薩立像[国宝] 一体 木造、食堂安置、藤原末期の作で彩色に切金が混用されています。
  • 吉祥天立像[国宝] 木造 一体
  • 空也上人立像[国宝] 木造 一体
  • 閻魔王坐像[国宝] 木造 一体
  • 四天王立像[国宝] 木造 四体 うち2体は京都博物館出陳。
  • 地蔵菩薩坐像[国宝] 木造 一体 東京帝室博物館出陳
  • 運慶湛慶坐像[国宝] 木造 像各自作 二体 京都博物館出陳
  • 僧形座像[国宝] 木造 伝平清盛像 一体
※底本:『日本案内記 近畿篇 上(初版)』昭和7年(1932年)発行

令和に見に行くなら

名称
六波羅密寺
かな
ろくはらみつじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
京都府京都市東山区松原通大和大路東入2丁目轆轤町81-1
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

市電東大路松原町下車、轆轤町にある。西國三十三ケ所の札所、昔から巡禮者の盛に參詣する寺で、頗る廣大な規模を有した寺であつたが、現存の古建築は唯一棟あるのみである。この地は平氏の一族が隆盛を極めた時代には、その壯大な邸宅軒を竝べ、平淸盛の邸宅もこの附近にあつた。次いで北條氏はこゝに探題を置いた。

本堂[國寶] 桁行七閒、梁閒五閒、向拜三閒單層、屋根四注造、本瓦葺の建築で、最初のものは壽永二年に燒け、その後貞治年閒に再建したものと云ふ。また豐臣秀吉が大佛殿建立の時には、餘材を以て修理を加へたと傳へて居る。天井は組入天井で極彩色を施し、周圍一閒通りを丹塗の化粧屋根裏として居る。

  • 寶物
  • 十一面觀音像[國寶] 一軀 木造、高八尺餘の巨像で藤原時代の作である。
  • 四天王立像[國寶] 四軀 木造、筋骨逞しく古致に富んだ佳作で、持國天は鐮倉時代の補作、その他は藤原時代の作と思はれる。
  • 地藏菩薩立像[國寶] 一軀 木造、食堂安置、藤原末期の作で彩色に切金が混用されて居る。
  • 吉祥天立像[國寶] 木造 一軀
  • 空也上人立像[國寶] 木造 一軀
  • 閻魔王坐像[國寶] 木造 一軀
  • 四天王立像[國寶] 木造 四軀 內二軀京都博物館出陳
  • 地藏菩薩坐像[國寶] 木造 一軀 東京帝室博物館出陳
  • 運慶湛慶坐像[國寶] 木造 像各自作 二軀 京都博物館出陳
  • 僧形座像[國寶] 木造 傳平淸盛像 一軀

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