丸隈山古墳

丸隈山古墳[指定史蹟]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

筑肥線周船寺駅の東北0.5km、糸島郡周船寺村周船寺にあります。海上を望む丘上に北面して造られた前方後円墳で長さ100m、葺石および埴輪円筒が残り、後円部の上部に近く石室があり、そぎ取り残された封土のうちに石室の後半部が残っています。石室は割石積で断面は梯形となっていて、内部に砂岩の厚い板石を組み合わせた石棺が2個接して置かれているのは類例の少ないものです。棺の内面は赤色に塗抹され、外面は入口に面した側面だけを縁から四寸以下が青色に塗られています。この古墳は江戸時代前期の寛永年間(1624~1644年)発掘されたもので、伊親県主の墓と伝えられ、五十歳前後とされる男子の頭骨、勾玉、管玉、漢式鏡二面、刀身等が発掘されました。現在、破壊された石室の石材を復原して積み直し、入口に柵扉を設けています。

※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行

令和に見に行くなら

名称
丸隈山古墳
かな
まるくまやまこふん
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
福岡県福岡市西区周船寺
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

筑肥線周船寺驛の東北半粁、絲島郡周船寺村周船寺にある。海上を望む丘上に北面して造られた前方後圓墳で長さ一〇〇米、葺石及埴輪圓筒を存し、後圓部の上部に近く石室存し、削平殘された封土のうちに石室の後半部が殘存する。石室は割石積で斷面梯形をなし、內部に砂岩の厚き板石を組合せた石棺が二箇連接して置かれて居るのは類例乏しきものである。棺の內面は赤色に塗抹され、外面は入口に面した側面だけを緣から四寸以下が靑色に塗られて居る。この古墳は寬永年閒發掘せられたもので、伊親縣主の墓と傳へられ、五十歲前後と鑑せられる男子の頭骨、勾玉、管玉、漢式鏡二面、刀身等が發掘せられた。今、破壞された石室の石材を復原して積直し、入口に柵扉を設けて居る。

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