長崎港

長崎港
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

日本の現在の開港のなかで最も古いものです。港界は小瀬戸浦の南東端から鼠島の外端を経て蔭の尾島長刀埼に引いた一線と、蔭の尾島三角点から正南に向かって香焼島に引いた一線および香焼島石灯籠の鼻から深堀村堂の埼に引いた一線以内です。

近年川島および元船町地先を埋め立てて岸壁を築き、大いに面目を改め、優に8,000トン級の汽船を接岸することができ、上海線をはじめ、外国航路船の寄港するものが多いところです。昭和5年(1930年)3月出島岸壁まで臨港鉄道を延長し、水陸の連絡を図りました。

開港場としては最も古い歴史をもちますが、貿易額はその割に多くなく、昭和8年(1933年)には約1,800万円で、輸出は輸入よりもはるかに少なく、輸出品は石炭、輸入品は繰綿、礦油を主とします。

※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行

令和に見に行くなら

名称
長崎港
かな
ながさきこう
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
長崎県長崎市元船町
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

我が國現在の開港中最も古いものである。港界は小瀨戶浦の南東端より鼠島の外端を經て蔭の尾島長刀埼に引きたる一線と、蔭の尾島三角點より正南に向ひ香燒島に引きたる一線及香燒島石燈籠の鼻より深堀村堂の埼に引きたる一線以內である。

近年川島及元船町地先を埋立てゝ岸壁を築き、大に面目を改め、優に八千噸級の汽船を接岸することが出來、上海線を始め、外國航路船の寄港するものが多い。昭和五年三月出島岸壁まで臨港鐵道を延長し、水陸の連絡を圖つた。

開港場としては最も古い歷史を有するが、貿易額は割合に多からず、昭和八年には約一千八百萬圓で、輸出は輸入よりも遙に少く、輸出品は石炭、輸入品は繰綿、礦油を主とする。

長崎のみどころ