高貴寺

高貴寺[眞言宗高野派]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

大阪鉄道富田林の東5km、白木村白石にあります。葛城山中の巨刹で、文武天皇の時代に役小角が開いた28か所の霊場のひとつで、弘法大師が高貴寺と名付け、平安時代の長治年間(1104~1106年)東寺の鳥羽範俊僧正が在住しました。奥院入口の近くにその鳥羽僧正の墓があります。江戸時代後期の寛政10年(1798年)慈雲尊者がこの寺に住して築壇結界をなし、幕府によって正法律の本山としました。

※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
高貴寺
かな
こうきじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
大阪府南河内郡河南町平石539
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

同富田林の東五粁、白木村白石にある。葛城山中の巨刹で、文武天皇の朝役小角の開いた二十八ケ所の靈場の一で、弘法大師高貴寺と名付け、長治年閒東寺の鳥羽範俊僧正が在住した。奧院入口の近くにその鳥羽僧正の墓がある。寬政十年慈雲尊者この寺に住して築壇結界をなし、幕府因りて正法律の本山とした。

南河内地方のみどころ