相国寺

相國寺[臨濟宗相國寺派大本山]

昭和初期のガイド文

市電相国寺門前町下車、御所の正北今出川烏丸相国寺門前町にあります。

室町時代の永徳3年(1383年)足利義満の創建にして夢窓国師を開祖とし京都五山のひとつとしてその名を知られています。往時は堂塔盛観を極めましたが、応仁の乱で兵火にかかり仏堂がすべて焼失しました。後に豊臣、徳川両氏の世になって大きく再興されましたが、それも江戸時代後期の天明8年(1788年)の大火の際に法堂を残して伽藍のことごとくを焼失し、その後徐々に再建して今日におよび、境内ところどころに旧礎石の残っているものがあります。

本堂(法堂)[国宝] 慶長10年(1605年)豊臣秀頼が再建したものです。桁行七間、梁間六間、重層、屋根入母屋造本瓦葺の唐様建築で純然たる禅宗建築からなり、日本で現存する最古の法堂です。権衡よく整い、手法また雄健、特に側面に玄関廊をもつ様式は最も珍らしいものです。内部は瓦敷で中央に須弥壇があり、天井は鏡天井で雲竜を描き、入側天井は化粧屋根裏になっています。

  • 宝物
  • 猿猴竹林図六曲屏風[国宝] 等伯筆 紙本墨画 一双
  • 次の宝物はいずれも京都博物館出陳
  • 十六羅漢像[国宝] 陸信忠筆、絹本著色 十六幅
  • 唱鶴図[国宝] 文正筆、絹本著色 二幅
  • 山水図[国宝] 絶海賛、紙本墨書 一幅
  • 十牛頌[国宝] 伝絶海筆、紙本墨書 十幅
  • 無学祖元偈語[国宝] 弘安二年十一月一日紙本墨書 四幅
※底本:『日本案内記 近畿篇 上(初版)』昭和7年(1932年)発行

令和に見に行くなら

名称
相国寺
かな
しょうこくじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
京都府京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

市電相國寺門前町下車、御所の正北今出川烏丸相國寺門前町にある。

永德三年足利義滿の創建にして夢窓國師を開祖とし京都五山の一としてその名を知られて居る。往時は堂塔盛觀を極めたが、應仁の亂に佛堂悉く兵火にかゝり燒失した。後豐臣德川兩氏の世大いに再興されたが、それも天明八年の大火の時法堂を餘して伽藍盡く燒失し、その後漸次再建して今日に及び、境內所々に舊礎石の殘れるものがある。

本堂(法堂)[國寶] 慶長十年豐臣秀賴の再建したものである。桁行七閒、梁閒六閒、重層、屋根入母屋造本瓦葺の唐樣建築で純然たる禪宗建築より成り、我が國現存最古の法堂である。權衡よく整ひ、手法また雄健、特に側面に玄關廊を有するは最も珍らしい。內部は瓦敷で中央に須彌壇があり、天井は鏡天井で雲龍を描き、入側天井は化粧屋根裏になつて居る。

  • 寶物
  • 猿猴竹林圖六曲屏風[國寶] 等伯筆 紙本墨畫 一雙
  • 左記寶物は何れも京都博物館出陳
  • 十六羅漢像[國寶] 陸信忠筆、絹本著色 十六幅
  • 唱鶴圖[國寶] 文正筆、絹本著色 二幅
  • 山水圖[國寶] 絕海贊、紙本墨書 一幅
  • 十牛頌[國寶] 傳絕海筆、紙本墨書 十幅
  • 無學祖元偈語[國寶] 弘安二年十一月一日紙本墨書 四幅

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