最上稲荷山妙教寺

妙經寺(高松稻荷)[日蓮宗]

昭和初期のガイド文

中国鉄道稲荷山駅下車、高松町稲荷、竜王山(稲荷山)の麓にあります。安土桃山時代の慶長6年(1601年)日円上人の開基で本堂に本尊の一塔両尊四菩薩および日蓮聖人像を安置しています。初め奈良時代の天平勝宝4年(752年)報恩大師が孝謙天皇の病気平癒を祈願し、また桓武天皇の御悩解消をも吒枳尼天に祈願したといい、俗に稲荷を祭り、天正年中(1573~1592年)高松城水攻の際に破壊されてしまったものを日円上人が再興したもので、伏見および豊川と並んで三大稲荷と称されています。旧暦2月初午の縁日および12月15日から2日間の火焚祭には多くの人が訪れます。老杉が広がるなか多くの堂宇が甍を並べ、本堂裏には竜王山上の奥の院へ登る参道があります。奥の院へは別に鋼索鉄道の便もあり、頂上には巨岩があり、お題目石が所狭しと立ち並んでいます。ここからは脚下に高松古戦場を見下し、遠く児島の連峰を隔てて瀬戸内海を望まれ、眺望は広々とし雄大です。

※底本:『日本案内記 中国・四国篇(初版)』昭和9年(1934年)発行

令和に見に行くなら

名称
最上稲荷山妙教寺
かな
さいじょういなりさんみょうきょうじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
岡山県岡山市北区高松稲荷712
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

中國鐵道稻荷山驛下車、高松町稻荷、龍王山(稻荷山)の麓にある。慶長六年日圓上人の開基で本堂に本尊の一塔兩尊四菩薩及日蓮聖人像を安置する。初め天平勝寶四年報恩大師孝謙天皇の御不豫を祈願し、また桓武天皇の御惱をも吒枳尼天に祈願したと云ひ、俗に稻荷を祭り、天正年中高松城水攻の折烏有に歸したのを日圓上人が再興したもので、伏見及豐川と竝んで三大稻荷と稱せられて居る。舊曆二月初午の緣日及十二月十五日から二日閒の火焚祭には大いに雜沓を極める。老杉亭々たる閒に幾多の堂宇甍を竝べ、本堂裏には龍王山上の奧の院へ登る參道がある。奧の院へは別に鋼索鐵道の便もあり、頂上には巨岩起臥し、お題目石が所狹きまでに立つて居る。こゝからは脚下に高松古戰場を見下し、遠く兒島の連峯を隔てゝ瀨戶內海を望まれ、眺望開豁且つ雄大である。

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