正倉院
昭和初期のガイド文
東大寺大仏殿の西北にあり、もともと東大寺所属の宝庫でした。最初は東大寺正蔵と呼ばれ、その後正倉院という名称になりました。聖武天皇が崩御され、その四十九日法要にあたる奈良時代の天平勝宝8年6月21日(756年)、光明皇后は願文と目録を添えて、天皇が愛用されていた珍しい宝物を東大寺盧舎那仏に奉納され、天皇の御冥福をお祈りになりました。その目録は東大寺献物帳と呼ばれ、現在も正倉院に残されています。以来、これらの品々は厳重な封印のもと、大切に伝えられてきました。献物帳に記載されているものの中には失われたものもありますが、それ以外の品々も多数加わり、現在約3,000点の宝物が保存されています。
収蔵品の種類は、武器、楽器、図書、薬種、香木、飲食器、服飾、文房具、遊戯具などがあり、奈良時代文化の精髄が集められています。宝庫は1棟ですが、北倉、中倉、南倉に分かれており、宝庫および宝物はともに皇室の御物として宮内庁の所管となっています。毎年11月の曝涼の際、定められた規定により資格のある方々と宮内庁長官が特別に許可した方々のみに拝観が許可されています。
北倉には主として東大寺献物帳目録の品目と一致するものが収蔵されています。金銀平文琴、螺鈿紫檀阮咸および琵琶、木画紫檀碁局、屏風、紅牙撥鏤尺、金銀象嵌装唐太刀、伎楽面、献物帳などが最も重要なものとして数えられています。
中倉には密陀彩絵箱、沈香木画箱、武器類、また「蘭奢待」の名で名高い香木もここにあります。
南倉には東大寺銀壺、磁器の皿、伎楽面、金銅幡および鏡、古裂などが多数あります。
令和に見に行くなら
- 名称
- 正倉院
- かな
- しょうそういん
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 奈良県奈良市雑司町129
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
東大寺大佛殿の西北にあり、もと東大寺所屬の寶庫で、はじめ東大寺正藏と稱し、その後正倉院と呼ばれた。聖武天皇崩御になり、その七々日忌辰に當る天平勝寶八年六月二十一日、光明皇后は御願文と目錄を添へて天皇御愛玩の珍寶を東大寺廬舍那佛に施入して天皇の御冥福を御祈りになつた。その目錄を東大寺献物帳と稱し、今尙正倉院に遺つて居る。爾來その御實物は敷封を以て出入を嚴にし今日に傳へられて居る。然し献物帳所載のものには失はれたものもあるが、またそれ以外のものも多數加はり、約三千點の寶物が保存されて居る。
その種類は、武器、樂器、圖書、藥種、香木、飮食器、服飾、文房具、遊戯具等ありて奈良時代文化の粹が蒐つて居るのである。寶庫は一棟であるが、北倉、中倉、南倉に別れ、寶庫及寶物とも帝室御物で帝室博物館總長の所管に屬して居る。每年十一月曝涼の際、所定の制規により資格あるもの及帝室博物館總長の特に許可せし者のみに拜觀を許して居る。
北倉には主として東大寺献物帳目錄の品目に一致せるものを收藏して居る。金銀平文琴、螺鈿紫檀阮咸及琵琶、木畫紫檀棊局、屏風、紅牙撥鏤尺、金銀鈿裝唐太刀、伎樂面、献物帳など最も重要なものゝ中に數へられて居る。
中倉には密陀彩繪箱、沈香木畫箱、武器類及蘭奢待の名を以て名高い香木もこゝにある。
南倉には東大寺銀壺、磁皿、伎樂面、金銅幡及鏡、古裂等が多數ある。
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