春日山石窟仏
昭和初期のガイド文
[指定史跡] 駅から東へ約5km、通称「穴仏」と呼ばれる石窟仏の一つです。急な坂を上った凝灰岩の山腹、高さ10mの場所に設けられています。石窟は高さ約1.5m、奥行き約2m余り、間口約4mで、その壁面には仏や菩薩などの群像が浮き彫りにされています。一部は既に崩壊し、群像の中には破損したものも少なくありませんが、現在でも18体が残されています。主要なものは3体の座像で、高さはいずれも約1mです。中尊の向かって右側の壁面には「久壽二季八月廿日始之作者今如房願意」(平安時代の久寿2年、1155年)という陰刻があり、左側には「保元二年大歳丁丑二月廿七日仏造始四月廿一日開眼」(保元2年、1157年)という墨書銘が残されており、造像の年代を知ることができます。これらの座像の西隅には、ほぼ完全な状態の多聞天立像が浮き彫りにされています。各像には、彩色なども一部残っているものがあります。この石窟の東にもう一つの石窟があり、その中央には岩を柱状に刳り残し、柱の周囲および壁面に仏像が刻まれています。これらは六地蔵と思われ、そばには天部像も彫刻されています。
令和に見に行くなら
- 名称
- 春日山石窟仏
- かな
- かすがやませっくつぶつ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 奈良県奈良市春日野町
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[指定史蹟] 驛の東約五粁、俗に穴佛と呼ばれるものゝ一つで、急なる坂の上凝灰岩の山腹高一〇米の高所に設けられた高約一米半、奧行約二米餘、間口約四米の石窟の壁面に佛、菩薩等の群像を半肉彫したもので、その一部は旣に崩壞し、群像中、破壞されたものも少くないが、尙十八軀を遺存して居る。そのうち主要なるものは坐像の三尊で高さ何れも約一米、中尊の向つて右側の壁面に「久壽二季八月廿日始之作者今如房願意」と陰刻し、同じ左側には「保元二年大歲丁丑二月廿七日佛造始四月廿一日開眼」の墨書銘が遣つて居て造像の年代を知る事が出來る。これ等の坐像の西隅には略完全なる多聞天立像が浮彫せられて居る。各像には、彩色等も多少遺つて居るものがある。この石窟の東にまた一窟があつてその中央に岩を柱狀に抉り殘し、柱の周圍及び壁面に佛體を刻んで居るが六地藏と思はれ、傍に天部像も彫刻されて居る。
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