不退寺

不退寺
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

[真言律宗] 駅から西北へ3kmの法蓮町にあります。平城天皇が譲位の後、この地に移られ茅葺の殿舎を建てて住まわれ、これを茅御所と呼びました。その後、皇子の阿保親王を経て、その子である在原業平が継承してここに住んでいましたが、承和14年(847年)に放棄して精舎とし、不退転法輪寺と号し、在原寺とも呼ばれました。本尊は聖観音立像で木造、極彩色で花文装飾が施され、平安時代の作で国宝です。

南門[国宝] 屋根は切妻造り、本瓦葺き、総丹塗りの四脚門で、妻飾りの板墓股には力強い絵様繰形があり、中央冠木の上に笈形を置いているのが特徴の一つです。笈形は透し彫りの渦巻唐草からなっています。全体として鎌倉時代の様式を伝えていますが、細部に室町時代初期の様式手法が見られ、室町時代の遺構に属します。

本堂[国宝] 桁行5間、梁間4間、単層、屋根は四注造り、本瓦葺きで、大きく破損しています。鎌倉時代末期の建築で、須弥壇も創建当時のものです。

多宝塔[国宝] 方三間、屋根は宝形造り、棧瓦葺きで、上層を欠き単層となっています。木割が細く、頭貫の木鼻に天竺様の繰形を施した鎌倉時代中期の優れた建築です。内部は折上小組格天井を用い、一面に極彩色の花文で装飾されています。

  • 宝物
  • 五大明王像[国宝]木造 5躯 不動、降三世、軍茶利、金剛夜叉、大威徳の五大明王が完備し、高さは約150cm前後ですが、不動像は高さ81cmの坐像で、すべて檜材の寄木造り、彩色像です。姿態および表情が安静的なのは時代の好尚を表したもので、いずれも平安時代中期の作です。
  • 舎利塔一基[国宝]金銅 1躯 極めて小形の精巧な作です。東京帝室博物館出展中。
※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
不退寺
かな
ふたいじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
奈良県奈良市法蓮町517
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

[眞言律宗] 驛の西北三粁、法蓮町にある。平城天皇御讓位の後、この地に幸して萱葺の殿舍を造りて徙御し給ひ、これを萱御所と稱した。その後皇子阿保親王を經て、その子在原業平相承けてこゝに在つたが、承和十四年捨てゝ精舍となし、不退轉法輪寺と號し在原寺とも稱した。本尊は聖觀音立像で木造、極彩色で花文裝飾を施し、藤原時代の作で國寶である。

南門[國寶] 屋根切妻造、本瓦葺、總丹塗の四脚門で、妻飾の板墓股は雄健な繪樣繰形を有し、中央冠木の上に笈形を置いて居るのは一の特徵で、笈形は透彫渦卷唐草から成つて居る。總體鎌倉時代の樣式を傳へて居るが、細部に室町初期の樣式手法の存するあり、室町時代の遺構に屬する。

本堂[國寶] 桁行五間、梁間四間、單層、屋根四注造、本瓦葺で大いに破損して居る。鎌倉時代末期の建築で須彌壇も創建當時のものである。

多寶塔[國寶] 方三間、屋根寶形造、棧瓦葺で、上層を缺き單層である。木割細く、頭貫の木鼻に天竺樣の繰形を施した鎌倉時代中期の優秀なる建築である。內部は折上小組格天井を用ゐ、一面に極彩の花文で裝飾して居る。

  • 寶物
  • 五大明王像[國寶]木造 五軀 不動、降三世、軍茶利、金剛夜叉、大威德の五大明王完備し、高さ五尺内外であるが不動像は高二尺七寸の坐像で總て檜材寄木造、彩色像であるが姿態及び表情が安靜的なのは時代の好尙を表はしたもので何れも藤原時代中期の作である。
  • 舍利塔一基[國寶]金銅 一軀 極めて小形の精巧な作である。東京帝室博物館出陳。

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