手向山神社(手向山八幡宮)

手向山神社(手向山八幡宮)

昭和初期のガイド文

三笠山のふもとにあります。奈良時代の天平勝宝元年(749年)に東大寺鎮護のために宇佐八幡を迎え、宮南の梨原宮の新殿に鎮座しましたが、その後、大仏殿の東南に移り、鎌倉時代の建長2年(1250年)に現在の場所に移りました。江戸時代の寛永19年(1642年)に火災に遭い、元禄4年(1691年)に公慶上人が再建したのが現在の社殿です。祭神は中殿に応神天皇、左殿に比売命、右殿に仲哀天皇および神功皇后で、若宮に仁徳天皇を祀っています。

摂社住吉神社本殿[国宝] 本殿の南側にあり西向きとなっています。一間社流造、屋根は檜皮葺(現在は本瓦葺)の小さな建物ですが、鎌倉時代末期の遺構です。

  • 宝物
  • 舞楽面[国宝]木造 23面 貴徳1、散手1、新鳥蘇1、納曾利1、地久4、胡徳楽6、按摩腫1、菩薩2、退宿徳1、崑崙八仙1、採桑老1、胡飲酒1、皇仁1、胡徳楽瓶子取笑面1、付属の瓶子1口があり、平安時代から鎌倉時代にかけてのもので彩色が施され、毛を植え、裏面に製作年号銘のあるものもあります。瓶子取面に付属の瓶子は木造漆塗りで菊と竹の密陀絵が描かれています。これらのうち14面は奈良帝室博物館に、2面は東京帝室博物館に出展中です。
  • 四枚居木鞍[国宝]1脊
  • 黒漆螺鈿唐鞍[国宝]1脊
  • 赤銅造太刀[国宝]1口 備前国長船住長光(二代)の銘があります。
  • 以上3点は奈良帝室博物館出展中
※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
手向山神社(手向山八幡宮)
かな
たむけやまじんじゃ(たむけやまはちまんぐう)
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
奈良県奈良市雑司町434
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

三笠山の麓にある。天平勝寶更に元年東大寺鎭護の爲に字佐八幡を迎へ宮南の梨原宮の新殿に鎭座したが、後、大佛殿の東南に遷り、建長二年更に現在の地に移つた。寛永十九年火災に罹り、元祿四年公慶上人これを再興したのが現在の社殿である。祭神は中殿に應神天皇、左殿に比賣命、右殿に仲哀天皇及神功皇后で、若宮に仁德天皇を祀つて居る。

攝社住吉神社本殿[國寶] 本殿の南側にあり西面して居る。一間社流造、屋根檜皮葺(今本瓦葺)の小建物であるが、鎌倉時代末期の遺構である。

  • 寶物
  • 舞樂面[國寳]木造 二十三面 貴德一、散手一、新鳥蘇一、納曾利一、地久四、胡德樂六、按摩腫一、菩薩二、退宿德一、崑崙八仙一、採桑老一、胡飮酒一、皇仁一、胡德樂瓶子取笑面一、附屬の瓶子一口あり、藤原時代から鎌倉時代に掛けてのもので彩色を施こし、毛を植ゑ裏面に製作年號銘のあるものもある。瓶子取面に附屬の瓶子は木造漆塗で菊と竹の密陁畫が描いてある。これらのうち十四面は奈良帝室博物館に、二面は東京帝室博物館に出陳中である。
  • 四枚居木鞍[國寶]一脊
  • 黑漆螺鈿唐鞍[國寶]一脊
  • 赤銅造太刀[國寶]一ロ 備前國長船住長光(二代)の銘がある。
  • 以上三點奈良帝室博物館出陳

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