奈良市

奈良市

昭和初期のガイド文

奈良市は奈良盆地の北東部に位置し、古代の奈良の都の東部を含む地域です。大正12年(1923年)に佐保村を編入しました。市域は東西約7.7km、南北約4.7kmで、面積はおよそ26平方kmです。地形は東部から北部にかけて高地、西部から南部にかけて平地が広がっています。東部には春日山(御蓋山)、花山、三笠山などの山々があり、これらは花崗片麻岩や安山岩から成り、標高500m近いものもあります。一方、北部の佐保や佐紀の丘陵は第三紀層で構成されており、標高100mを超えるものは少ないです。市内を流れる河川としては、北部に佐保川、中央部に率川、南部に能登川があります。これらはすべて大和川の水系に属し、細い流れが特徴です。この地には春日大社、興福寺、東大寺といった歴史的な社寺があり、古くからこれらの門前町として発展してきました。室町時代以降、この地には奉行所が置かれ、また豊臣秀長の没後には郡山から多くの商工業者が移住し、やがて一つの都市を形成するに至りました。しかし、寛永年間(江戸時代初期)には、人口はまだ2000人余りだったといわれています。現在では奈良県の県庁所在地となり、人口は5万人を超えています。四季を通じて観光客が絶えず訪れる都市でもあります。市内の主要な通りとしては三条通や東向通が挙げられます。工業規模は大きくありませんが、蚊帳、墨、ニット製品、筆、酒、漆器などの製造が行われています。観光名所としては、すでに挙げた社寺のほか、正倉院、奈良帝室博物館、奈良公園などがあり、数多くの古美術品や歴史的建築が存在します。

※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
奈良市
かな
ならし
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
奈良県奈良市
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

奈良盆地の東北部に位して、古の奈良の都の東部を含み、大正十二年佐保村を編入した。市域は東西約七粁七、南北約四粁七、面積凡二六方粁である。東から北は高地、西から南は平地で、東部の御蓋(春日)山、花山、嫩草(三笠)山は花崗片麻岩或は安山岩から成つて、海拔五〇〇米に近いものもあるが、北部の佐保、佐紀の丘陵は第三紀層より成り、海拔一〇〇米を超えるものが少い。河川は北に佐保川、中央に率川、南に能登川があるが、何れも細流で、大和川の水系に屬する。この地は春日神社、興福寺、東大寺等古い社寺があるので、その門前町が次第に發達したものである。室町幕府以來奉行が置かれ、郡山に居城を構へて居つた豐臣秀長減亡の後、同地の商工續々ここに移住し、遂に一都邑をなすに至つた。しかし寛永頃には人口未だ二千餘に過ぎなかつたと云ふ。今は奈良縣縣治の中心で、人口五萬を超え、觀光の客四時雲集の有樣で、市中の主なる通は三條通、東向通である。工業は盛大ではないが、蚊帳を始とし、墨、莫大小、筆、酒、漆器等の製造が行はれる。名所古蹟は既記の社寺の外、正倉院、帝室博物館、奈良公園等その數多く、古美術古建築が豐富である。

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