箱根の温泉

箱根の諸溫泉
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

箱根はその山水美と温泉の設備とがあいまって東京近郊で第一の温泉郷として知られています。山は二重式火山の範型で、今やその活動はほとんど終息していますが、外輪山、裾野、陥没火口、火口丘、火口原、火口原湖、火口瀬、爆発火口、噴気孔、温泉などがあり、その外輪山は楕円形で、南北約12km、東西約6.5kmにおよんでいます。国府津付近に立つと、この雄大な全山の山容を一目に見渡すことができます。すなわちその両翼には、うねって八字形となる熔岩流が連なり、ひとつは真鶴岬に至って海に没し、相模灘の荒波に削られて絶壁をなすところに三つ岩の奇岩を望むべく、ひとつはおむすびのような矢倉岳の麓をかすめて関東の山々と接し、酒勾川の急瀬に洗われるところに東海道本線の線路が通じています。その間には多くの村落が連なり、北条氏の小田原城址があって、木々が多く茂っているのが見えます。仰げば明神山、明星ヶ山、塔ノ峰、鷹巣山、聖岳・鞍掛峠などの外輪山と、そのなかに神山、駒ヶ岳、二子山などがそびえて主峰を作り、右には白妙の富士山も見え、左には天城の連峰が重なり合って、それぞれ背景を添え、さながら一枚の大自然画を見るようです。

温泉は多く、早川の渓谷と、裾野にあって岩脈から湧出するものと、神山の麓の周囲、爆発火口に位置するものとがあり、湯本、塔之沢、宮ノ下、底倉、堂ヶ島、木賀、芦之湯を古来箱根七湯と呼んでいましたが、現在は小涌谷、強羅、仙石、姥子を加えて十一湯となり、最新火口丘である駒ヶ岳に近い芦之湯は硫黄泉、大涌谷から曳いた強羅、仙石と小涌谷は酸性泉、それよりやや離れた姥子、木賀、底倉、宮ノ下は塩類泉、それよりさらに離れた堂ヶ島、塔之沢、湯本は単純泉で、火山活動の時期と温泉の位置と泉質の間に面白い関係が現れています。

箱根の観光は四季いずれにもよく、春は桜、秋は紅葉、夏は登山に舟遊びの楽しみがあり、冬も避寒温泉のひとつに数えられます。

観光地としての箱根が人を惹きつける力にはその交通の利便も大きく影響しています。すなわち小田原から湯本、塔之沢、宮ノ下、小涌谷を経て強羅まで登山電車があり、強羅から早雲山まではケーブルがあり、早雲山から大涌谷、姥子を経て湖尻までは駕籠の便があり、湖尻と箱根町、元箱根との間には遊覧汽船が走っています。自動車は小田原から湯本、塔之沢、宮ノ下、小涌谷、芦之湯、元箱根を経て箱根町に至り、箱根町からはさらに山中宿を経て三島町、沼津方面に出られ、宮ノ下からは木賀へ、また仙石を経て長尾峠を越えて御殿場に出られます。その仙石から分かれて湖尻への路線もあり、箱根の遊覧にはほとんど足を労する必要がないほどの便利さとなっています。

箱根に入るには3つのルートがあります。小田原を表門とすれば、沼津は裏門、御殿場は脇門でみな自動車路が通じていますが、このほかに裏木戸、脇木戸があり、その遊覧の方法もいくつかに分かれます。次に示すのはその2~3の例です。

  • 一 主として電車によるもの 小田原、強羅、早雲山まで電車にケーブル、早雲山から大涌谷、姥子を経て湖尻まで徒歩または駕籠、湖尻から箱根町または元箱根まで遊覧船、箱根町または元箱根から芦之湯、小涌谷を経て小涌谷駅まで自動車、小涌谷から電車で小田原へ帰ります。まず小涌谷駅で下車し、逆のルートを取るのもいいでしょう。
  • 二 主として乗合自動車によるもの 小田原から自動車で湯本、塔之沢、宮ノ下、小涌谷、芦之湯の各温泉場を縫って元箱根または箱根町に至り、さらに遊覧船で湖尻へ、湖尻から自動車で仙石原、木賀を経て宮ノ下から小田原へ帰ります。宮ノ下から仙石原方面へ入る逆のルートを取ってもいいでしょう。
  • なお一、二の行路を折衷して、湖尻から姥子、大涌谷を経て早雲山へ、早雲山からケーブル、電車で小田原へ出てもいいです。
  • 三 長尾越 二の行路から、仙石原から長尾峠を越えて御殿場に出ます。芦ノ湖、富士の眺めがいいです。
  • 四 三島、沼津へ 一、二の行路から、箱根町から山中宿を経て三島、沼津に出ます。芦之湯、富士の眺めがいいです。
  • 五 乙女峠越 仙石原から乙女峠を越えて御殿場に下ります。徒歩、峠の茶屋から見た富士の全姿は天下の絶景です。
  • 六 旧道越 湯本から須雲川に沿って早雲寺、玉簾の滝、初花の滝、畑宿、甘酒茶屋を経て二子山の南麓に出て元箱根に入ります。江戸時代の街道です。徒歩。
  • 七 鞍掛、十国峠越 箱根町から鞍掛峠に上り、そこから山上の平地を歩いて日金山、十国峠に出て湯河原または熱海に下ります。芦ノ湖、富士山、相模灘、駿河湾の風光がいい。徒歩。
※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
箱根の温泉
かな
はこねのおんせん
種別
温泉
状態
現存し見学できる
住所
神奈川県足柄下郡箱根町
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

箱根はその山水美と溫泉の設備と相俟つて東京附近第一の遊覽溫泉鄕として知られて居る。山は二重式火山の範型で、今やその活動は殆ど終息して居るが、外輪山、裾野、陷沒火口、火口丘、火口原、火口原湖、火口瀨、爆發火口、噴氣孔、溫泉など悉く備はり、その外輪山は楕圓形で、南北約一二粁、東西約六粁半に及んで居る。國府津附近に立つと、この雄大な全山の山容を一目に見渡すことが出來る。卽ちその兩翼には、蜿蜓として八字形をなす兩熔岩流がながく連り、一は眞鶴岬に至つて海に沒し、相模灘の荒波に噛まれて絕壁をなすところに三つ岩の奇岩を望むべく、一は結飯の如き矢倉嶽の麓をかすめて關東の山彙と接し、酒勾川の急瀨に洗はれるところに東海道本線の鐵路が通じて居る。その閒には幾多の村落相連り海陸相打つ處には、後北條氏の小田原城址があつて、著しく松柏の茂つて居るのが見える。仰げば明神山、明星山、塔ノ峯、鷹巢山、聖嶽・鞍掛峠などの外輪山と、その中に聳ゆる神山、駒ケ嶽、二子山などは鮮かに立つて主峯を作り、右方には白妙の富士山がその半姿を現はし、左方には天城の連峯が重疊して、相共に背景を添へ、宛然一の大自然畫を見るの感を起させる。

溫泉は多く早川の溪谷と、裾野に於て岩脈に胚胎するものと、神山の麓を周つて爆發火口に位するものとあり、湯本、塔ノ澤、宮ノ下、底倉、堂ケ島、木賀、蘆湯を古來箱根七湯と稱して居たが、今は小涌谷、强羅、仙石、姥子を加へて十一湯を數へ、最新火口丘たる駒ケ嶽に近き蘆の湯は硫黃泉、大涌谷から曳いた强羅、仙石と小涌谷は酸性泉、それより稍離れた姥子、木賀、底倉、宮ノ下は鹽類泉、それより尙離れた堂ケ島、塔ノ澤、湯本は單純泉で、火山活動の時期と溫泉の位置と泉質の閒に面白い關係が現はれて居る。

箱根の遊覽は四季いづれにもよく、春は櫻、秋は紅葉、夏は登山舟遊の樂があり、冬も避寒溫泉の一に數へられる。

遊覽地としての箱根が人を牽く力はその交通の便もあづかつて居る。卽ち小田原から湯本、塔ノ澤、宮ノ下、小涌谷を經て强羅まで登山電車があり、强羅から早雲山まではケーブルがあり、早雲山から大涌谷、姥子を經て湖尻までは駕籠の便があり、湖尻と箱根町、元箱根との閒には遊覽汽船が走つて居る。自動車は小田原から湯本、塔ノ澤、宮ノ下、小涌谷、蘆湯、元箱根を經て箱根町に至り、箱根町からは更に山中宿を經て三島町、沼津方面に出られ、宮ノ下からは別に木賀、仙石を經て長尾峠を越えて御殿場に出られる。その仙石からは別に湖尻への路線もあり、箱根の遊覽跋涉には殆ど足を勞するを要せぬ程の便利さとなつて居る。

箱根に入るには三つの路途がある。小田原を表門とすれば、沼津は裏門、御殿場は傍門で皆自動車路が通じて居るが、この外に裏木戶、脇木戶があり、その遊覽の方法も幾つかに分れる。左に示すはその二三の例である。

  • 一 主として電車によるもの 小田原、强羅、早雲山まで電車ケーブル、早雲山から大涌谷、姥子を經て湖尻まで徒步または駕籠、湖尻から箱根町または元箱根まで遊覽船、箱根町または元箱根から蘆湯、小涌谷を經て小涌谷驛まで自動車、小涌谷から電車で小田原へ歸る。初め小涌谷驛下車逆行路を取つてもよい。
  • 二 主として乘合自動車によるもの 小田原から自動車で湯本、塔ノ澤、宮ノ下、小涌谷、蘆湯の各溫泉場を縫うて元箱根または箱根町に至り、それより遊覽船で湖尻へ、湖尻から自動車で仙石原、木賀を經て宮ノ下から小田原へ歸る、初め宮ノ下から仙石原方面へ入る逆行路を取つてもよい。
  • 尙一、二の行路を折衷して湖尻から姥子、大涌谷を經て早雲山へ、早雲山からケーブル、電車で小田原へ出てもよい。
  • 三 長尾越 二の行路により、仙石原より長尾峠を越えて御殿場に出る。蘆湖、富士の眺めがよい。
  • 四 三島、沼津へ 一、二の行路により、箱根町より山中宿を經て三島、沼津に出る。蘆湯、富士の眺めがよい。
  • 五 乙女峠越 仙石原より乙女峠を越えて御殿場に下る。徒步、峠の茶屋から見た富士の全姿は天下の絕景。
  • 六 舊道越 湯本から須雲川に沿うて早雲寺、玉簾の瀧、初花の瀧、畑宿、甘酒茶屋を經て二子山の南麓に出て元箱根に入る、江戶時代の街道である。徒步。
  • 七 鞍掛、十國峠越 箱根町から鞍掛峠に上り、それより山上の平地を步して日金山、十國峠に出て湯河原または熱海に下る、蘆湖、富士山、相模灘、駿河灣の風光佳、徒步。

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