神谷率都婆

神谷率都婆
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

有田鉄道下津野駅の北1.5km、田殿村船阪にあります。明恵上人八所遺蹟のひとつで、上部欠失し約3分1を残し、銘文は嘉禎二年云云の一部および側面に諸人結縁衆等の文字が見えます。上人が鎌倉時代の建仁4年(1204年)糸野から移って草庵を営んだところといい、その後しばらくして栂尾に帰ったといいます。崎山率都婆は所在を失いましたが同村大谷崎山にあったといいます。

※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
神谷率都婆
かな
かみたにそとうば
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
和歌山県有田郡有田川町
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

有田鐵道下津野驛の北一粁半、田殿村船阪にあり。明惠上人八所遺蹟の一で、上部缺失し約三分一を存し、銘文は嘉禎二年云云の一部及び側面に諸人結緣衆等の文字が見える。上人建仁四年絲野から移つて草庵を營んだ處と云ひ、尙その後久しからずして栂尾に歸つたと云ふ。崎山率都婆は所在を失つたが同村大谷崎山にあつたと云ふ。

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