秩父連峰

秩父連峰
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

関東平野の西端に端を発して、東京府、埼玉県の西部から山梨、長野の県境を劃する深山地帯で、おおよそ80km²にわたり、標高2,000m内外の高峰、実に30数座を数えられ、雁坂峠を中心として東西にその主脈が連なります。西には金峯山(2,595m)を最高として、朝日岳(2,581m)奥千丈岳(2,409m)国師ヶ岳(2,591m)甲武信岳(2,483m)破風山(2,313m)がその西に連なり、東には古体山(2,112m)笠取山(1,941m)午王院山(2,109m)大洞山(2,069m)雲取山(2,108m)を連ね、これらの連山は大原生林に覆われ、その森林美と渓谷美は山岳愛好者の憧れの的となっています。

この山地に源流を発して東するものに荒川、多摩川があります。この両川は関東平野を流れ、多摩川は東京市水道の水源です。西北に流下するものは千曲川となって信濃川の源流をなし、南流するものは笛吹川となり、甲府盆地を経て富士山の西南を廻り、富士川となって駿河湾に注ぎます。

秩父連峰への登路はおおよそ4つあります。そのひとつは青梅鉄道御岳駅下車、奥多摩渓谷を遡って登るもの、2つめは秩父鉄道影森駅下車、落合または栃本から登るもの、この2登路は主に雁坂峠以東の雲取山から古礼山へ入るのに便利です。3つめは佐久鉄道小海駅下車、千曲川に沿って遡り、梓山から登るもの。4つめは塩山駅下車、笛吹川に沿って遡り、秩父往還により広瀬を経て、雁坂峠に出て登るものおよび甲府から御岳昇仙峡を経て上黒平から入るものがあります。この方面からは主に雁坂以西の連峰に入るのに便利です。

塩山口は塩山駅から雁坂峠まで約32km、塩山から約7km窪平までは自動車の便があります。また塩山から笛吹川の谷沿いの道は広瀬まで約20km、広瀬はこの谷奥の寒村で製材所などあり登山案内人がいます。

広瀬から赤志を経て約7kmの間、森林軌道があり、この間笛吹川の渓流が美しいところです。軌道の終点から急に道は細くなって往時の秩父往還の面影はなく廃道のようになっています。終点から約2kmで峠の登りとなり、そこに杣小屋があります。ここから約3kmほど、小笹の見事な急斜面を幾回となくジグザグに登ると雁坂峠です。峠は2,082mで眺望が良く、古体山から東へ連なる雲取山、三峯山まで指呼の間に望まれ、荒川上流の谷々が手に取るやうに脚下に見え、栃本、落合など秩父口からの登山根拠地も指点されます。南には笛吹川の裾合谷を隔てて遠く富士山が望まれます。峠から東北へ約13km荒川の谷を下れば栃本に出ます。秩父方面から甲武信岳、国師ヶ岳、金峯山などへ登る人はこの道を取ることになります。

雁坂峠から西へ尾根伝いに約1km登ると雁坂嶺(2,289m)に達します。ここからさらに破不山(2,318m)を経て木賊山との鞍部にある破不小屋まで約4km、この間の尾根筋はシラビ、アオモリトドマツなどの密林で、倒木が多く、比較的時間を要します。破不小屋は山梨県の建設で丸木造、水は北側へ約900m下ったところにあり、不便ですが、雁坂から甲武信岳への唯一の小屋です。

この小屋から木賊山を経て約3.5km、2時間で甲武信岳(2,483m)の山頂に達します。山頂からは秩父の諸峯が指呼のなかに集まり、黒木立に覆われた峰々、沢々が眺められ、南に富士、南アルプスを望み、東に秩父東部の峰を隔てて関東平野が開け、東北に赤城、日光の峰を遠く望み、北に白秦山を経て浅間山、奥上州の山々、西には八ヶ岳最も近く、北アルプスの連山も望まれます。山頂付近は花崗岩が露出して、シャクナゲなども多く、わずかに森林帯から灌木帯に移った林相をなしてハイマツなども見られます。山頂から東北に真沢(荒川上流)へ下って栃本へ出る道があります。西に約800m下れば、千曲川の水上をなす沢のほとりに清水平という野営地があります。

甲武信岳から南に走る尾根を富士見支峯といい、国師ヶ岳への小径が通じています。この間約6km、普通5時間を要し、道は秩父特有な針葉樹林に覆われて少し上下しほとんど等高です。

国師ヶ岳(2,591m)は南に奥千丈岳が連なり、南の眺望は甲武信岳よりも開けて、富士山、南アルプスが一眸に集り、西は近く朝日岳、遠く金峯山が連なり、その西に八ヶ岳がそびえ、東には大菩薩嶺や笠取山、雲取山などを近く望み、北間近に甲武信岳、遠く浅間山、三峯山などが望まれます。山頂から西南に約300m下れば国師ヶ岳小屋があり、付近は林相が一変して岳樺などの混じた針葉樹、広葉樹の混生林です。国師ヶ岳から西にわたる朝日岳、鉄山などの尾根を経て約4kmの間、金峰山への小径が通じています。この尾根筋も高低が少なく、大部分シラビ、モミ、アオモリトドマツなどの森林帯です。国師ヶ岳から北側の川端下川に下り、川端下を経て千曲川に沿って佐久鉄道小海駅へ下る道があります。これによるとこの尾根から川端下まで約18km、南側に下れば約18kmで諏訪村に出られます。

金峰山(2,595m)は山頂付近にハイマツ多く、ところどころに花崗岩塊が露出し、千丈岩の巨巌が高く屹立しています。山頂の眺望は秩父諸峰の中最も良く開け、東には秩父連峰の峰々が一々指点され、北は荒船山、浅間山および付近の諸峰を望み、西は瑞牆山が最も近く、八ヶ岳の美しい裾野を引いているのが、間近に望まれます。南は国師ヶ岳の眺望と同じく富士山と南アルプスの展望が良いところです。頂上から少し鉄山の方へ引き返すと、北に尾根を川端下に下る道があり、また山頂から西の尾根を下って瑞牆山に至り、さらに南に出て増富ラヂウム鉱泉を経て韮崎駅に出る道もあります。また南へ下って水晶峠を経て上黒平から御岳昇仙峡を過ぎ甲府にも出られます。金峯山への登山者はこの登路によるものが多いです。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
秩父連峰
かな
ちちぶれんぽう
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
山梨県、埼玉県ほか
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

關東平野の西端に端を發して、東京府、埼玉縣の西部から山梨、長野の縣境を劃する深山地帶で、凡そ八十方粁に亘り、標高二、〇〇〇米內外の高峯、實に三十數座を數へられ、雁坂峠を中心として東西にその主脈が連る。西には金峯山(二、五九五米)を最高として、朝日嶽(二、五八一米)奧千丈嶽(二、四〇九米)國師ケ嶽(二、五九一米)甲武信嶽(二、四八三米)破風山(二、三一三米)がその西に連り、東には古體山(二、一一二米)笠取山(一、九四一米)午王院山(二、一〇九米)大洞山(二、〇六九米)雲取山(二、一〇八米)を連ね、これらの連山は大原生林に蔽はれ、その森林美と溪谷美は山嶽愛好者の憧れの的となつて居る。

この山地に源流を發して東するものに荒川、多摩川がある、この兩川は關東平野を流れ、多摩川は東京市水道の水源である。西北に流下するものは千曲川となつて信濃川の源流をなし、南するものは笛吹川となり、甲府盆地を經て富士山の西南を廻り、富士川となつて駿河灣に注ぐ。

秩父連峯への登路は凡そ四つある。その一つは靑梅鐵道御嶽驛下車、奧多摩溪谷を溯つて登るもの、二は秩父鐵道影森驛下車、落合または栃本から登るもの、この二登路は主に雁坂峠以東の雲取山から古禮山へ入るのに便利である。三は佐久鐵道小海驛下車、千曲川に沿うて遡り、梓山から登るもの。四は鹽山驛下車、笛吹川に沿うて遡り、秩父往還により廣瀨を經て、雁坂峠に出て登るもの及甲府から御嶽昇仙峽を經て上黑平から入るものがある。この方面からは主に雁坂以西の連峯に入るのに便利である。

鹽山口は鹽山驛から雁坂峠まで約三二粁、鹽山から約七粁窪平までは自動車の便がある。また鹽山から笛吹川の谷沿ひの道は廣瀨まで約二〇粁、廣瀨はこの谷奧の寒村で製材所などあり登山案內人が居る。

廣瀨から赤志を經て約七粁の閒、森林軌道があり、この閒笛吹川の溪流が美しい。軌道の終點から急に道は細くなつて往時の秩父往還の面影はなく廢道の如くである。終點から約二粁で峠の登りとなり、そこに杣小屋がある。こゝから約三粁薄、小笹の美事な急斜面を幾回となくジツクザツクを切つて登ると雁坂峠である。峠は二、〇八二米で眺望が良く、古體山から東へ連る雲取山、三峯山まで指呼の閒に望まれ、荒川上流の谷々が手に取るやうに脚下に見え、栃本、落合など秩父口からの登山根據地も指點される。南には笛吹川の裾合谷を隔てゝ遠く富士山が望まれる。峠から東北へ約一三粁荒川の谷を下れば栃本に出る。秩父方面から甲武信嶽、國師ケ嶽、金峯山などへ登る人はこの道を取る。

雁坂峠から西へ尾根傳ひに約一粁登ると雁坂嶺(二、二八九米)に達する。こゝからなほ破不山(二、三一八米)を經て木賊山との鞍部にある破不小屋まで約四粁、この閒の尾根筋は白檜、靑森とど松などの密林で、倒木が多く、比較的時閒を要する。破不小屋は山梨縣の建設で丸木造、水は北側へ約九〇〇米下つた處にあり、不便であるが、雁坂から甲武信嶽への唯一の小屋である。

この小屋から木賊山を經て約三粁半、二時閒で甲武信嶽(二、四八三米)の山頂に達する。山頂からは秩父の諸峯が指呼の中に集り、黑木立に蔽はれた峯々、澤々が眺められ、南に富士、南アルプスを望み、東に秩父東部の諸峯を隔てゝ關東平野が展け、東北に赤城、日光の諸峯を遠く望み、北に白秦山を經て淺閒山、奧上州の山々、西には八ケ嶽最も近く、北アルプスの連山も望まれる。山頂附近は花崗岩が露出して、しやくなげなども多く、僅かに森林帶から灌木帶に移つた林相をなして偃松なども見られる。山頂から東北に眞澤(荒川上流)へ下つて栃本へ出る道がある。西に約八〇〇米下れば、千曲川の水上をなす澤のほとりに淸水平と云ふ野營地がある。

甲武信嶽から南に走る尾根を富士見支峯と云ひ、國師ケ嶽への小徑が通じて居る。この閒約六粁、普通五時閒を要し、道は秩父特有な針葉樹林に蔽はれて少しく上下し殆ど等高である。

國師ケ嶽(二、五九一米)は南に奧千丈嶽が連り、南方の眺望は甲武信嶽よりも開けて、富士山、南アルプスが一眸に集り、西は近く朝日嶽、遠く金峯山が連り、その西に八ケ嶽が聳え、東には大菩薩嶺や笠取山、雲取山などを近く望み、北方閒近に甲武信嶽、遠く淺閒山、三峯山などが望まれる。山頂から西南に約三〇〇米下れば國師ケ嶽小屋があり、附近は林相が一變して嶽樺などの混じた針葉樹、濶葉樹の混生林である。國師ケ嶽から西に亘る朝日嶽、鐵山などの尾根を經て約四粁の閒、金峰山への小徑が通じて居る。この尾根筋も高低が少く、大部分白檜、樅、靑森とゞ松などの森林帶である。國師ケ嶽から北側の川端下川に下り、川端下を經て千曲川に沿ひ佐久鐵道小海驛へ下る道がある。これに依るとこの尾根から川端下まで約一八粁、南側に下れば約一八粁で諏訪村に出られる。

金峰山(二、五九五米)は山頂附近に偃松多く、處々に花崗岩塊が露出し、千丈岩の巨巖が高く屹立して居る。山頂の眺望は秩父諸峯の中最も良く展け、東には秩父連峯の峯々が一々指點され、北は荒船山、淺閒山及附近の諸峯を望み、西は瑞牆山最も近く、八ケ嶽の美しい裾野を引いて居るのが、閒近に望まれる。南は國師ケ嶽の眺望と同じく富士山と南アルプスの展望が良い。頂上から少しく鐵山の方へ引返すと、北に尾根を川端下に下る道があり、また山頂から西の尾根を下つて瑞牆山に至り、更に南に出て增富ラヂウム鑛泉を經て韮崎驛に出る道もある。また南へ下つて水晶峠を經て上黑平から御嶽昇仙峽を過ぎ甲府にも出られる。金峯山への登山者はこの登路に依るものが多い。

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