荏柄天神社
荏柄天神社
昭和初期のガイド文
源頼朝の墓の東、大蔵山の麓にあり、頼朝の時代からすでにあった神社で、頼朝が初めて大蔵に館を造営した際に、鬼門の鎮護としたと伝わり、幕府の崇敬が厚く、吾妻鏡のところどころにこの社が登場します。現在の社殿は江戸時代の再建です。
※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 荏柄天神社
- かな
- えがらてんじんしゃ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 神奈川県鎌倉市二階堂74
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
源賴朝墓の東、大藏山の麓にあり、賴朝の時代から既にあつた神社で、賴朝が始めて大藏に館を造營した時鬼門の鎭護となしたと傳へ、幕府の崇敬厚く吾妻鏡の所々に當社に關する記事が出て居る。今の社殿は江戶時代の再建である。