杉本寺

杉本寺[天臺宗]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

鶴岡八幡宮の東約1km、大蔵山の中腹にあり、大蔵の観音とも呼ばれ、奈良時代の天平年間(729~749年)行基菩薩の創建とされ、本堂に十一面観音像2体を安置しています。いずれも木造の立像で、そのうち大きな方は慈覚大師の作と伝わり、相好豊満で荘重優秀な作です。小さい方は恵心僧都の作と伝わり、両手に来迎の印を結んで上下に捌き、その姿体は極めて優美です。両者とも藤原時代の作で国宝に指定されています。吾妻鏡には頼朝、政子および実朝がたびたび参詣した記事があり、文治元年11月23日の条に「夜に入りて大倉の観音堂同録す。別当浄台坊煙火を見て悲歎し、焔の中に走り入りて本尊を出す、𫀃衣纔に焦げたりと雖も身体敢て恙なし」とあるものは、現在残っている十一面観音像のことでしょう。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
杉本寺
かな
すぎもとでら
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
神奈川県鎌倉市二階堂903
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

鶴岡八幡宮の東約一粁、大藏山の中腹にあり、大藏の觀音とも稱し、天平年閒行基菩薩の創建と傳へ、本堂に十一面觀音像二體を安置して居る。何れも木造の立像で、その中大なるは慈覺大師の作と傳へ、相好豐滿莊重にして優秀な作である。小なるは惠心僧都の作と傳へ、兩手に來迎の印を結んで上下に捌き、その姿體極めて優美である。兩者とも藤原時代の作で國寶に指定されて居る。吾妻鏡には賴朝、政子及實朝の屢々參詣した記事があり、文治元年十一月廿三日の條には「夜に入りて大倉の觀音堂同錄す。別當淨臺坊煙火を見て悲歎し、焔の中に走り入りて本尊を出す、𫀃衣纔に焦げたりと雖も身體敢て恙なし」とあるは、卽ち今殘れる十一面觀音像のことであらう。

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