寿福寺
壽福寺[臨濟宗]
昭和初期のガイド文
鎌倉駅の北約0.5km、源氏山の麓にあります。鎌倉時代の正治2年(1200年)源頼朝の夫人政子が創建し栄西をもって開山としました。実朝がたびたび当寺に参詣したことは吾妻鏡にも書かれています。本尊の地蔵菩薩の立像は木造、鎌倉時代の作で国宝に指定され国宝館に出陳中です。寺後山麓の窟を俗に唐草矢倉と呼び、そのなかに実朝の墓と伝わる五輪塔があって、その塔の後ろに90cm四方の石棺があります。さらにこれと並んでほかの窟内に政子の墓とされる五輪塔があります。
※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 寿福寺
- かな
- じゅふくじ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 神奈川県鎌倉市扇ヶ谷1-17-7
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
驛の北約半粁、源氏山の麓にある。正治二年源賴朝の夫人政子が當寺を創建し榮西を以て開山とした。實朝が度々當寺に參詣したことは吾妻鏡に出て居る。本尊地藏菩薩の立像は木造、鐮倉時代の作で國寶に指定され國寶館に出陳中である。寺後山麓の窟を俗に唐草矢倉と呼び、その內に實朝の墓と傳ふる五輪塔があつて、その塔の後に九〇糎四方の石棺がある。更にこれと竝んで他の窟內に政子の墓と稱する五輪塔がある。