普済寺

普濟寺[臨濟宗]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

省線電車終点立川駅の西南約1.5km、室町時代の文和4年(1355年)立川宮内宗恒が建長寺第30世物外可什に依願し開かせた寺で、寺域は立川氏居城の跡でいまも土塁の一部が残っています。南に多摩川を望む景勝の地で、境内に有名な石幢があります。六枚の板石を六角の柱形に組み、六角の台石上に立て、上に六角の蓋石が置かれています。高さ約1.8m、周囲に火焔付きの円光を負ふ四天王および仁王の浮彫があります。板石一枚に一体ずつ現した立像で各像の上部に七宝の浮彫があります。なお西方広目天の右側には「延文六季辛丑七月六日施財性了立、道円刊」の16字を記しています。石幢の造立年紀とともに願主作者の名まで明らかであるのは珍しく、形態彫刻ほかに類例のないもので、国宝に指定されています。本堂には開山物外和尚の頭巾を戴き払子を持ち法衣の裾および袖を長く垂れて椅子によった像が安置されています。清痩な老僧の品格を備えた写実的な像で、個性がよく表現されています。木造で黒漆を施し、胎内に応安3年(1370年)11月の銘があり、和尚が亡くなった後9年を経て造られた像で国宝に指定されています。このほか境内の首塚付近から発掘された緑泥片岩の板碑数十枚が保存されています。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行
六面幢(立川普済寺)

令和に見に行くなら

名称
普済寺
かな
ふさいじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
東京都立川市柴崎町4-20-46
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

同立川驛の西南約一粁半、文和四年立川宮內宗恆が建長寺第三十世物外可什を講して開かしめた寺で、寺域は立川氏居城の址で尙土壘の一部が殘つて居る。南に多摩川を望む景勝の地で、境內に有名なる石幢がある。六枚の板石を六角の柱形に組み、六角の臺石上に立て、上に六角の蓋石が置かれて居る。高さ約一米八(六尺)、周圍に火焔附の圓光を負ふ四天王及仁王の浮彫がある。板石一枚に一軀づつ現はした立像で各像の上部に七寶の浮彫がある。尙西方廣目天の右側には「延文六季辛丑七月六日施財性了立、道圓刊」の十六字を刻して居る。石幢の造立年紀と共に願主作者の名まで明かであるのは珍重すべく、形態彫刻他に類例のないもので、國寶に指定されて居る。本堂には開山物外和尙の頭巾を戴き拂子を持ち法衣の裾及袖を長く垂れて椅子によれる像が安置されて居る。淸瘦な老僧の品格を備へた寫實的な像で、頗るよく個性が現はされて居る。木造で黑漆を施し、胎內に應安三年十一月の銘があり、和尙示寂の後九年を經て造られた像で國寶に指定されて居る。この外境內の首塚附近から發掘された綠泥片岩の板碑數十枚が保存されて居る。

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