喜多川歌麿の墓

喜多川歌麿墓
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

京王電車烏山停留場の北700m、専光寺の境内にあり、歌麿は江戸の人で浮世絵の中興とされる名匠で、最も美人画を得意としました。江戸時代後期の文化2年(1805年)53歳で没した。墓はもと浅草区松山町にありましたが寺とともにここに移転したものです。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
喜多川歌麿の墓
かな
きたがわうたまろのはか
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
東京都世田谷区北烏山4-28-1 専光寺内
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

同烏山停留場の北七〇〇米、專光寺の境內にあり、歌麿は江戶の人で浮世繪の中興と稱せられた名匠で、最も美人畫を能くした。文化二年五十三歲で歿した。墓はもと淺草區松山町にあつたが寺と共にこゝに移轉したのである。

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