開口神社

開口神社[府社]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

南海電車阪堺線宿院下車、市内甲斐町東一丁にあります。式内の古社で、開口大明神といい、住吉神社の外宮とされましたが、のち真言宗の仏寺となって密乗山大念仏寺と号し、俗に堺の大寺と呼ばれました。今も境内に三重塔が残っています。国宝の大寺縁起三巻は紙本著色で、絵は下巻末に「土佐左近術将監光起入道行年七十四法眼常昭筆」とあり、彼の死去前年の作で、その筆使いにこの老画家の苦心の跡が偲ばれます。詞書は別に添えられている江戸時代中期の元禄3年(1690年)の筆者目録によれば近衛基熈以下当時の貴族の筆になるものです。なお吉光の銘がある短刀一口も国宝です。

※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
開口神社
かな
あぐちじんじゃ
種別
見所・観光
状態
状態違うが見学可
備考
昭和20年(1945年)の大阪大空襲で焼失、戦後に再建されています。
住所
大阪府堺市堺区甲斐町東2-1-29
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

同阪堺線宿院下車、市內甲斐町東一丁にある。式內の古社で、開口大明神と云ひ、住吉神社の外宮と稱されたが、のち眞言の佛寺となつて密乘山大念佛寺と號し、俗に堺の大寺と呼ばれた。今も境內に三重塔が遺つて居る。國寶の大寺緣起三卷は紙本著色で、繪は下卷末に「土佐左近術將監光起入道行年七十四法眼常昭筆」とあり、彼の死歿一年前の作で、用筆謹嚴この老畫家苦心の痕が偲ばるゝ。詞書は別に添へた元祿三年の筆者目錄により近衞基熈以下當時の縉紳の筆に成つたものである。尙吉光の銘ある短刀一口も國寶である。

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