喜多院
喜多院[天臺宗]
昭和初期のガイド文
川越市小仙波、東武鉄道東上線川越駅の東北約1.5km、大宮、川越電車終点の南約300m、慈覚大師の創建と伝わり、天海僧正によって復興されました。しばしば火災に罹り、現存の建築物のなかで最も古いものは書院および庫裏です。もと江戸城内にあった紅葉山別殿を江戸時代前期の寛永年間(1624~1644年)に徳川家光が寄進したもので、上段の間は家光誕生の室と伝わっています。庭前には家光手植の桜と称する枝垂桜の名木が花の季節には美観を呈します。
- 寳物
- 職人絵六曲屏風[国宝] 一双 紙本著色、落款に吉信とあるのは狩野昌庵吉信の印でしょう。24職人の図を24枚に描き、各扇に2枚ずつ貼りつけてあります。その24職とは仏師、傘師、革師、鎧師、教師、糸師、形置師、筆師、扇師、檜物師、研師、弓師、数珠師、鍛冶師、機織師、刀師、矢細工師、蒔絵師、向縢師、番匠師、畳師、桶師、縫取師、纐纈師、藁細工師です。
- 宋校一切経 五千四十四巻
- 和板一切経 六千三百二十巻
- 糸巻太刀銘友成[国宝] 一口
- 銅鐘[国宝] 一口 鎌倉時代の正安2年(1300年)の銘があります。
※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 喜多院
- かな
- きたいん
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 埼玉県川越市小仙波町1-20-1
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
川越市小仙波、東武鐵道東上線川越驛の東北約一粁半、大宮、川越電車終點の南約三〇〇米、慈覺大師の創建と傳へ、天海僧正によつて復興された。屢々火災に罹り、現存の建築物中最も古いのは書院及庫裏である。もと江戶城內にあつた紅葉山別殿を寬永年閒に德川家光が寄進したもので、上段の閒は家光誕生の室と傳へて居る。庭前には家光手植の櫻と稱する枝垂櫻の名木が花季に美觀を呈する。
- 寳物
- 職人繪六曲屏風[國寶] 一雙 紙本著色、落款に吉信とあるは狩野昌庵吉信の印であらう。二十四職人の圖を二十四枚に描き、各扇に二枚づゝ貼りつけてある。その二十四職とは佛師、傘師、革師、鎧師、敎師、絲師、形置師、筆師、扇師、檜物師、硏師、弓師、數珠師、鍛冶師、機織師、刀師、矢細工師、蒔繪師、向縢師、番匠師、疊師、桶師、縫取師、纐纈師、藁細工師である。
- 宋校一切經 五千四十四卷
- 和板一切經 六千三百二十卷
- 絲卷太刀銘友成[國寶] 一口
- 銅鐘[國寶] 一口 正安二年の銘あり