大槻玄沢の墓
大槻玄澤墓
昭和初期のガイド文
市内電車東禅寺前下車、下高輪東禅寺墓地にあります。磐水大槻先生墓と題し明治13年(1880年)の建設となります。玄沢は仙台藩の医官で蘭学に通じ、幕命によって蘭書の翻訳に従事し、その功績は大きく、江戸時代後期の文化10年(1813年)71歳で没しました。維新後正四位を贈られています。
※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 大槻玄沢の墓
- かな
- おおつきげんたくのはか
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存するが非公開
日本案内記原文
市內電車東禪寺前下車、下高輪東禪寺墓地にある。磐水大槻先生墓と題し明治十三年の建設に係る。玄澤は仙臺藩の醫官で蘭學に通じ、幕命によつて蘭書の飜譯に從事し、その功績頗る多く、文化十年七十一歲で歿す。維新後正四位を贈られた。