荻生徂徠の墓
荻生徂徠墓
昭和初期のガイド文
市内電車魚籃坂下停留場の東、三田豊岡町長松寺の墓地にあります。物徂徠先生之墓と題し、裏面に元文四年門人藤忠統撰の銘文が刻してあります。徂徠は江戸時代の儒学者で復古学を唱え、一世を風靡しました。江戸時代中期の享保13年(1728年)63歳で没しました。
※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 荻生徂徠の墓
- かな
- おぎゅうそらいのはか
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 東京都港区三田4-7-29 長松寺内
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
市內電車魚籃坂下停留場の東、三田豐岡町長松寺の墓地にあり。物徂徠先生之墓と題し、裏面に元文四年門人藤忠統撰の銘文が刻してある。徂徠は江戶時代の鴻儒で復古學を唱へ、一世を風靡した。享保十三年六十三歲で歿した。