瑞光寺

瑞光寺[日蓮宗]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

宝塔寺の南200m、伏見区深草町にあります。江戸時代前期の明暦元年(1655年)元政上人の創建になり、元政庵とも呼ばれます。寺宇は茅葺、土階の極めて簡素な構造です。元政は京都の人で、博学強記、詞章をよくし、国学に通じ、ここに草堂を営み寛文8年(1668年)没しました。寺宝に遺墨艸山集等があります。国宝の大般若経は巻第246の零本で、これは滋賀県大平寺、見性庵、常明寺、石川県本誓寺が所蔵する諸本と同じく、奥書に長屋王の本願に基づいて奈良時代の和銅5年(712年)文武天皇の冥福のために書写した旨が書かれているもので、そのうちの一帖です。なお寺の西鉄道線路の向かい側に元政上人の墓があります。

※底本:『日本案内記 近畿篇 上(初版)』昭和7年(1932年)発行

令和に見に行くなら

名称
瑞光寺
かな
ずいこうじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
京都府京都市伏見区深草坊町4
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

寶塔寺の南二〇〇米、伏見區深草町にある。明曆元年元政上人の創建にかゝり、元政庵とも呼ばれる。寺宇は茅葺、土階の極めて簡素な構造である。元政は京都の人で、博學强記、詞章を善くし、國學に通じ、こゝに草堂を營み寬文八年歿した。寺寶に遺墨艸山集等あり。國寶の大般若經は卷第二百四十六の零本で、これは滋賀縣大平寺、見性庵、常明寺、石川縣本誓寺に藏する諸本と同じく、奧書に長屋王の本願に基いて和銅五年文武天皇の冥福のために書寫した旨が書かれて居るもので、そのうちの一帖である。尙寺の西鐵道線路の向ひ側に元政上人の墓がある。

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