大石良雄山科閑居跡

大石良雄隱宅址
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

山科駅の西南3km、山科西野の岩屋寺境内にあり、自動車の便があります。江戸時代中期の元禄年間(1688~1704年)赤穂浪士大石良雄が潜居した跡で、討ち入り後、岩屋寺の境内となりました。寺は一時荒廃しましたが、江戸時代末期の嘉永年間(1848~1854年)京都町奉行浅野長祚等の尽力によって再興しました。本尊不動明王は良雄の念持仏といい、寺内に浅野内匠頭と四十七士の位牌ならびに木像があり、また安永年間(1772~1781年)の建設になる「大石良雄潜居碑」があります。

※底本:『日本案内記 近畿篇 上(初版)』昭和7年(1932年)発行

令和に見に行くなら

名称
大石良雄山科閑居跡
かな
おおいしよしおやましなかんきょのあと
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
京都府京都市山科区西野山桜ノ馬場町97
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

山科驛の西南三粁、山科西野の岩屋寺境內にあり、自動車の便がある。元祿年閒赤穗浪士大石良雄の潛居した址で、復讎後岩屋寺の境內となつた。寺は一時荒廢したが、嘉永年閒京都町奉行淺野長祚等の盡力によりて再興した。本尊不動明王は良雄の念持佛と云ひ、寺內に淺野內匠頭と四十七士の位牌竝に木像があり、また安永年閒の建設に係る「大石良雄潛居碑」がある。

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