近松門左衛門の墓

近松門左衞門墓
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

市電上本町五丁目下車、中寺町妙法寺にあります。門左衛門、巣林と号します。はじめ肥前近松寺の僧でしたが、元禄の初年京都に出て、一条家に仕えて古典を修め、のち浄瑠璃脚本の著作に従事し、竹本座の座付作者として執筆を続け、多数の不朽の名作を残しました。江戸時代中期の享保9年(1724年)72歳をもって没しました。

※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
近松門左衛門の墓
かな
ちかまつもんざえもんのはか
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
備考
妙法寺は谷町筋の拡張にあわせて移転していますが、お墓だけ旧地に残っています。
住所
大阪府大阪市中央区谷町8-1
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

市電上本町五丁目下車、中寺町妙法寺にある。門左衞門、巢林と號す、始め肥前近松寺の僧であつたが、元祿の初年京都に出で、一條家に仕へて古典を修め、のち淨瑠璃脚本の著作に從ひ、竹本座の座付作者として執筆多年に及び、多數の不朽の名作を遺した、享保九年七十二歲を以て歿した。

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