虹の松原
昭和初期のガイド文
[指定名勝] 唐津駅の東約2.5kmに位置し、バスでアクセスできます。この場所は唐津市の東側、松浦潟に沿った黒松の林で、風光明媚な一帯を成しています。「霓林」または「二里の松原」とも呼ばれています。唐津の舞鶴城跡の高台から眺めると、松原の地形や位置がよくわかり、背景を成す「領巾振山」の鏡山から浮岳にかけての美しい景色を一望できます。
この松原は唐津市東側の満島、鏡村鏡、浜崎町浜崎にまたがり、全長は約4.5km、幅は約500mから1km、総面積は216.37ヘクタールです。この間、数百年を経た老松が連なり、数万本に及ぶ松が弓状の白砂の長い海岸線と見事に調和し、その景色は非常に美しいです。特に夕陽が海を染め、波が紅色に輝く頃には、白い砂、緑の松、赤い夕陽の三色が重なり、まるで二里にわたる大きな虹のような景観を楽しむことができます。
松原の中でも最も樹勢が美しいのは、松原を縦貫する道路の南側です。特に、中心部の二軒茶屋付近には目通り2mから3mほどの大きな幹を持つ松が十数本もあり、その幹や枝は起伏し、まるで龍や蛇が絡み合うように、また鳳凰が舞うような優雅な姿を見せています。傘松、根上り松、伏松といった園芸的な姿をした松も多く、この松原の景観価値をさらに高めています。
二軒茶屋の東数百mには、低い松が地面を這うように伸びる一群の小松林があります。これらは一種の奇形で、砂上での発育の結果とされていますが、地元では「豊臣秀吉が朝鮮出兵の際、この松原を通り、遠く玄界灘を眺めようとした際、松が視界を妨げたため怒って睨みつけたことで成長できなくなった」との伝説があり、「太閤睨みの松」として親しまれています。また、二軒茶屋の西側の県道沿いには、「加藤清正が名護屋へ出陣する際に槍を立てかけて休んだ」と伝えられる「加藤清正槍掛の松」があります。
令和に見に行くなら
- 名称
- 虹の松原
- かな
- にじのまつばら
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 佐賀県唐津市鏡
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[指定名勝] 驛の東二粁半、自動車の便がある。唐津市の東方松浦潟に沿うた風光明媚なる一帶の黑松林で、霓林または二里の松原とも云ふ。唐津の舞鶴城址の高地から望めば、松原の位置地勢最も分明にして、その背景を成すいはゆる領巾振山の鏡山から浮岳に至る遠近の景勝を、一眸の中に收むることが出來る。
松原は唐津市東方の滿島と鏡村鏡、濱崎町濱崎に跨り、延長約四粁半、輻約半粁乃至一粁、面積二一六、三七へクタール、その間數百年を經た老松翠を列ねて幾萬株となく續き、弓形を成せる白砂の長汀と相映じて優艶極まりなく、特に夕陽燃ゆるが如く映えて波の色紅をなすの時、砂白く松靑く、紅白靑の色を重ねて宛然たる二里の大虹をなすのである。
松の樹勢の最も美なるは、松原を縱貫せる道路の南側で、特にその中部二軒茶屋附近には幹團目通二米乃至三米のもの十數本を數へ、樹幹必ずしも大ならざれど、その幹枝は起伏屈曲し、龍蛇の蟠まれるが如く、鸞鳳の舞ふが如く、具に姿體の雅致を極め、傘松、根上り松、伏松など園藝的の樹勢を呈せるもの多く、虹の松原の風景價値を高めて居る。
二軒茶屋の東數百米のところに一叢の少松林がある、松樹は何れも低く地に這うて上に伸びず、頗る奇觀を呈して居る。これは砂上發生の爲に起つた一種の畸形であるが、口碑には豐太閤朝鮮役の際この松原を通り、遙に玄海の沖を眺めようとした時、この松の目障りになつたのを怒つて睨みつけた爲に延びることが出來なくなつたと云ひ傳へて「太閣睨みの松」と稱して居る。また二軒茶屋の西方縣道側には加藤清正名護屋出陣の際、鎗を立掛けて休んだと傳ふる「加藤清正鎗掛の松」がある。