唐津市

唐津市
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

唐津市は、唐津駅と西唐津駅の所在地で、唐津湾に面しています。市内を松浦川と町田川の二つの川が流れ、湾に注ぎ込んでいます。南部には丘陵地帯が連なり、自然豊かな地形が広がっています。市域は東西約4.4km、南北約8.4km、面積は約31平方kmです。

この地は、古くは加羅(伽耶)に渡る重要な港であったとされています。豊臣秀吉の家臣である寺澤志摩守広高が舞鶴城を築き、この地の基礎を築きました。その後、大久保氏、松平氏、土井氏、水野氏、小笠原氏が城主を務めた歴史を持っています。大正13年(1924年)には満島村を、昭和6年(1931年)には唐津村を編入し、昭和7年(1932年)に市制が施行されました。

唐津市の主な産業は鉄製品の製造です。また、西港で貿易が行われていますが、輸出入量はまだ少なく、現在も港湾の改修工事が進められています。この地域は、美しい景観と海水浴に適した場所として知られ、観光客が多く訪れています。繁華街は大手通や呉服町などです。人口は約3万4千人です。

※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行

令和に見に行くなら

名称
唐津市
かな
からつし
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
佐賀県唐津市
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

唐津、西唐津兩驛所在地。唐津灣に沿ひ、松浦、町田の二川市內を貫流してこれに注ぎ、南部に丘陵性の高地が連亙して居る。東西四粁四、南北八粁四、面積は三一方粁に近い。

この地は往古加羅に渡る要津であつたと稱され、豐臣秀吉の臣寺澤志摩守廣高舞鶴城を築いて市の基礎を固め、大久保、松平、土井、水野、小笠原の諸氏が城主であつたこともある。大正十三年一月滿島村を、昭和六年二月唐津村を編入し、翌年一月市制施行地となつた。

產物は鐵製品が最要のものである。質易は西港で行はれるが、輸出入ともに未だ少く、港は目下改修中である。市は風光の美と海水浴の適地として知られ、觀光客の往來が盛である。繁華な通は大手通、吳服町等である。人口三萬四千。

唐津・呼子のみどころ