田島神社
昭和初期のガイド文
[国幣中社] 呼子の正面に位置する加部島の東岸にあり、呼子港から西北約2kmの場所にあります。発動機船でアクセスすることができます。祭神は、多紀理毘売命、市杵島比売命、多岐都比売命の三柱の女神です。これらは、天照大神と素盞嗚尊が天安河で誓約を行った際に誕生した神々とされています。鎮座の年月は明らかではありませんが、相殿に祀られる稚武王は聖武天皇の天平3年(奈良時代、731年)に配祀されたと伝わり、非常に古い神社であることがわかります。明治5年5月には、現在の社格に列せられました。境内には末社の佐与姫神社があり、大伴狭手彦が新羅征伐の際に佐与姫と別れる悲しみから石となったと伝えられる「佐与姫望天石」が社殿の下に安置されています。社宝には国宝の太刀「備前国住人吉次」の銘を持つものがあり、現在は東京の遊就館に展示されています。また、かつての本殿内陣の扉として使われていた杉材製の扉(縦約70cm、横約40cm)やその破片が残されています。これには文禄の役(1592年)の際、名護屋に陣取った将士たちが記した落書きが薄く残っています。さらに、豊臣秀吉が佐与姫神社に社領100石を寄進した際の朱印状や添状も現存しています。
令和に見に行くなら
- 名称
- 田島神社
- かな
- たしまじんじゃ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 佐賀県唐津市呼子町加部島3965-1
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[國幣中社] 呼子の前面にある加部島の東岸にあり、呼子港の西北二粁を隔て、發動機船の便がある。祭神、多紀理毘賣命、市杵島比賣命、多岐都比賣命の三柱の女神で、何れも天照大神、素盞鳴尊と天安河に於て御誓約の際に生坐した神で、鎭座の年月は詳でないが、相殿の祭神稚武王は聖武天皇天平三年の配祀にかゝるのを見ても古い事が解る。明治五年五月現今の社格に加列した。境內に末社佐與姬神社あり、大伴狹手彥が新羅征伐の船出に別離を惜みて石に化したと傳へる佐與姫望天石が社殿の下に安置せられて居る。社寶の國寶太刀は「備前國住人吉次」の銘を有し、東京遊就館に出陳中である。その他古殿內陣の扉で、杉材縱二尺三分、横一尺二寸五分のもの二枚及その破片あり、文祿征韓役の際に名護屋在陣の將士がものした筆のすさびの戯書が幽に殘つて居る。また豐臣秀吉が佐與姫神社に社領百石を寄進した朱印狀並に同添狀等がある。