鏡神社
鏡神社
※現代の景観です。
昭和初期のガイド文
[県社] 鏡山のふもとにあり、北九州鉄道鏡駅の北へ約400mの場所に位置しています。祭神は、一宮が神功皇后ほか三柱、二宮が藤原広嗣です。一宮では、神功皇后が三韓征伐の際に松浦郡に到着し、七面山の山頂で鏡を捧げ、天神地祇を祀り異国降伏を祈ったと伝えられています。帰国の際、この鏡をこの神社に鎮めたと言われています。二宮は、広嗣が僧の玄助らの奸計を取り除こうと挙兵したものの事が成らず、海に入水して亡くなった後、たびたび霊威が現れ災害が頻発したため、吉備真備に命じて社を祀らせたと伝えられています。
※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 鏡神社
- かな
- かがみじんじゃ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 佐賀県唐津市鏡1827
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[縣社] 鏡山の麓にあり、北九州鐵道鏡驛の北四〇〇米。祭神一宮は神功皇后外三柱、二宮は藤原廣嗣。一宮は神功皇后三韓征伐の時松浦郡に至り、七面山の頂に於て鏡を捧げて天神地祇を祭り、異國降伏を祈り給ひ、御歸朝の際鏡をこの社に鎭め給うたと云ふ。二宮は廣嗣僧玄助等の奸人を除かんと兵を擧げたが事成らず、海に入つて死んだ。その後靈崇屢々顯れ災害頻に起つたから、吉備眞備に勅して社を祀らせられたと傳へる。