伊東温泉

伊東溫泉
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

熱海駅の南22km、駿豆鉄道修善寺駅からは東南20km、ともに自動車の便があり、熱海からさらに汽船の便もあります。その名のとおり伊豆半島の東側にあり、天城の連山を背負い、相模灘に面し、海上には手石島、初島の島影あり、三浦半島の緑も眺められます。海水浴も兼ねられる温泉場で、その地形と温泉の豊富な点が九州別府温泉に似ているということから、関東の別府とも呼ばれています。

温泉の発祥は明らかではありませんが、江戸時代前期の慶安3年(1650年)江戸城に御前湯として献上したことが記録に残っています。現在温泉の湧出口は600以上を数え、海岸近くの源泉は多くが塩類泉で、やや離れたところのものは単純泉です。温度は43~54度、リウマチ、外傷、皮膚病、神経諸病、婦人病、胃腸病などに効くといいます。

この地は伊東家次以来祐親まで伊東氏の領地であったため伊東氏の遺蹟が多いところです。付近の名所の主なものは天然記念物に指定されている浄ノ池の毒魚類、日蓮上人流謫の跡となる仏現寺、伊東氏の香華院だった東林寺、東林寺の向山、地蔵原丘上にある伊東祐親の墓、尻摘祭で名高い音無神社、クスノキの大木のある葛見神社、天狗の詫状というものがある妙照寺、扇山の断崖にある潮吹の洞窟、桃源山の中腹にある眺望の勝地松月院、頼朝が八重姫を待ったという日暮の杜、祐親が八重姫の産んだ千鶴丸を沈めたという稚児ヶ淵などがあります。幅8m、長さ25m、深さ1.5mの伊東温泉プールもまた名所のひとつに数えられます。やや離れて川奈には東洋第一のゴルフ場と誇る大島コース、富士コースがあり、いずれも18ホールで約50万m²の面積を占め地形は起伏に富んでいます。付近には噴火口跡の一碧湖もあります。旅館は50数軒、そのうち主なものは猪戸方面に東京館、松木、桝屋、猪戸館。松原方面に松川館、大東館、東海館、かたなや、東竜館、陽気館、大和館。玖須美方面に暖香園、山藤、伊東館、大阪屋、辰太などがあります。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
伊東温泉
かな
いとうおんせん
種別
温泉
状態
現存し見学できる
備考
周辺のみどころの筆頭、浄ノ池は現存しません。
住所
静岡県伊東市
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

驛の南二二粁、駿豆鐵道修善寺驛からは東南二〇粁、共に自動車の便があり、熱海から別に汽船の便もある。名に負ふ如く伊豆半島の東方にあり、天城の連山を負ひ、相模灘に枕み、海上手石島、初島の靑螺あり、三浦半島の翠黛も眺められる。海水浴も兼ねられる溫泉場で、その地形と溫泉の豐富な點が九州別府溫泉に似て居ると云ふので、關東の別府と稱せられて居る。

溫泉の發見は詳でないが、慶安三年江戶城に御前湯として獻上したことが記錄に殘つて居る。現在溫泉の湧出口六百以上を數へ、海岸近くは多く鹽類泉でやゝ離れたところは單純泉である。溫度は百十度乃至百三十度、リウマチス、創傷、皮膚病、神經諸病、婦人病、胃腸病などに效くと云ふ。

この地は伊東家次以來祐親まで伊東氏の領地であつたので伊東氏の遺蹟が多い。附近名所の主なるものは天然記念物に指定せられて居る淨ノ池の毒魚類、日蓮上人流謫の址佛現寺、伊東氏の香華院であつた東林寺東林寺の向山、地藏原丘上にある伊東祐親の墓、尻摘祭で名高い音無神社、樟の大木のある葛見神社、天狗の詫狀と云ふのがある妙照寺、扇山の斷崖にある潮吹の洞窟、桃源山の中腹にある眺望の勝地松月院、賴朝が八重姬を待つたと云ふ日暮の杜、祐親が八重姬の產んだ千鶴丸を沈めしめたと云ふ稚兒ケ淵などあり。幅八米、長さ二十五米、深さ一米半の伊東溫泉プールもまた名所の一つに數へられる。やゝ離れて川奈には東洋第一のゴルフ場と誇る大島コース、富士コースがあり、何れも十八ホールで約五、〇〇〇アールの面積を占め地形起伏に富む。附近には噴火口跡の一碧湖もある。旅館は五十數軒、その內主なるものは猪戶方面に東京館、松木、桝屋、猪戶館。松原方面に松川館、大東館、東海館、かたなや、東龍館、陽氣館、大和館。玖須美方面に暖香園、山藤、伊東館、大阪屋、辰太などである。

熱海・伊豆諸島のみどころ