指宿温泉

指宿溫泉
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

温泉地帯は極めて広範囲にわたり、東は魚見岳南麓の多良から西は池田湖に、北は宮ヶ浜の西の柴立から南は山川町におよび、その涌泉地域の広いことと、温泉涌出量の豊富なこと、摺之浜海岸一帯の砂湯場をもつことなど、別府と並び称される大温泉郷です。

普通に指宿温泉というときには、指宿町に属するものをいい、潟口、湊、摺之浜のほか柴立、二月田、村の湯、弥次ヶ湯、朝日湯など、近いものは数百m、遠いものは3kmあまりを隔てて散在しています。この地の特色は地下90cmも掘れば温泉の涌出を見ること、温泉の温度が高いために数個の冷却槽を設け、適度に冷えた湯を浴槽に引き入れていること、高温にして豊富な温泉を利用し、あるいは温床を設けて蔬菜の促成栽培が盛んに行われていること、海水を引いて温泉熱によって製塩していることなどで、中学校の寄宿舎にも温泉浴場があり、牛馬浴用の湯の池なども設けられています。泉質は多く塩類泉で、含鉄のものもあり、ラヂウム含有のものもあり、胃腸病、リウマチ、神経痛、腺病などに効くといいます。摺之浜の砂風呂は海浜に丸太の支柱を建て、その上に苫屋根を葺いただけのもので、浴客は各自で砂を堀ってそこに身を横たえる、極めて原始的なものです。

付近には、鹿児島高等農林学校の熱帯植物園、多良崎の海岸、その沖に浮ぶ樹木鬱蒼の知林島、池田湖、開聞岳、枚聞神社、戸柱公園、鰻池、長崎鼻、徳光神社、山川港など見どころが多いところです。町内の湊には海外密貿易家浜崎太平次の墓があり、近く稲荷神社境内にその功を頌する記念碑が建てられ、墓もその近くにあります。駅からは池田湖、枚聞神社、山川港などを周遊する遊覧バスがあり、ガイドガールが名所の説明をします。

旅館は摺之浜に偕楽園、潟口に海翠園、浜田、更生館、湊に前の園、高松屋、田原道その他元禄館、野上屋、本郷館、鎌田館、月見館、柴立館などがあります。

※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行
指宿温泉

令和に見に行くなら

名称
指宿温泉
かな
いぶすきおんせん
種別
温泉
状態
現存し見学できる
住所
鹿児島県指宿市
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

溫泉地帶は極めて廣範圍に亘り、東は魚見嶽南麓の多良から西は池田湖に、北は宮ケ濱の西方柴立から南は山川町に及び、その涌泉地域の廣きことと、溫泉涌出量の豐富なること、摺之濱海岸一帶の砂湯場を有することなど、別府と竝稱すべき大溫泉鄕である。

普通に指宿溫泉と云ふは、指宿町に屬するものを云ひ、潟口、湊、摺之濱の外柴立、二月田、村の湯、彌次ケ湯、朝日湯など、近きは數百米、遠きは三粁あまりを隔てゝ散在して居る。この地の特色は地下三尺を掘れば溫泉の涌出を見ること、溫泉の溫度高き爲に數箇の冷卻槽を設け、適度に冷えた湯を浴槽に引入れてあること、高溫にして豐富な溫泉を利用し、或は溫床を設けて蔬菜の促成栽培の盛に行はれて居ること、海水を引いて溫泉熱によつて製鹽して居ることなどで、中學校の寄宿舍にも溫泉浴場があり、牛馬浴用の湯の池なども設けられて居る。泉質は多く鹽類泉で、含鐵のものもあり、ラヂウム含有のものもあり、胃腸病、リウマチス、神經痛、腺病などに效くと云ふ。摺之濱の砂風呂は海濱に丸太の支柱を建て、その上に苫屋根を葺いただけのもので、浴客は各自に砂を堀つてそれへ身を橫へる、極めて原始的なものである。

附近には、鹿兒島高等農林學校の熱帶植物園、多良崎の海岸、その沖に浮ぶ樹木鬱蒼の知林島、池田湖、開聞嶽、枚聞神社、戶柱公園、鰻池、長崎鼻、德光神社、山川港など見るべきところが多い。町內の湊には海外密貿易家濱崎太平次の墓があり、近く稻荷神社境內にその功を頌する記念碑が建てられた、墓もその近くにある。驛からは池田湖、枚聞神社、山川港などを周遊する遊覽バスがあり、ガイドガールが名所の說明をする。

旅館は摺之濱に偕樂園、潟口に海翠園、濱田、更生館、湊に前の園、高松屋、田原道その他元祿館、野上屋、本鄕館、鐮田館、月見館、柴立館などがある。

指宿のみどころ