佐賀城跡
佐賀城址
※現代の景観です。
昭和初期のガイド文
佐賀駅の南約2km、市内赤松町に位置し、バスでアクセス可能です。ここは龍造寺氏や鍋島氏の歴代藩主の居城跡です。かつて「亀甲城」とも呼ばれ、周囲約4kmを有していました。内外二重の堀は現在も一部が残っています。城の建物は、明治7年(1874年)の佐賀の乱の際に、本丸の一部を除いてほとんどが焼失しました。現在は弾痕が点在する鯱門(しゃちもん)が残され、県立商業学校の正門として使用されています。また、鍋島閑叟(直正)の書院は城内にある赤松小学校の校舎の一部として保存されています。
※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 佐賀城跡
- かな
- さがじょうあと
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 佐賀県佐賀市城内2-18-1
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
驛の南約二粁、市內赤松町にあり、自動車の便がある。龍造寺、鍋島歷代の居城址である。城は龜甲城とも呼ばれ周圍四粁に及び、內外二重の濠は今一部分殘存する。建物は明治七年佐賀の亂の際に本丸の一部を殘して悉く鳥有に歸し、今、僅に彈痕點々たる鯱門が縣立商業學校の正門となつて遣つて居る。尙、鍋島閑叟(直正)の書院は城内の赤松小學校々舍の一部となつて保存されて居る。