後方羊蹄山

後方羊蹄山
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

函館本線で車窓に最も印象的な山岳としては、駒ヶ岳と羊蹄山です。羊蹄山はニセコアンヌプリ連山と尻別川を境に向かい合ってそびえ、その山容は典型的なコニーデで、独立した旧火山として富士のような秀峰を見せています。

蝦夷富士とも呼ばれ、またマッカリヌプリの別名があり、尻別川とその支流真狩川に取り囲まれ、基座東西13km、南北12kmに達し、標高1,893m、その規模は小さいものですが、富士に似た秀麗な山容が車窓間近に迫って、倶知安平野の空高く描かれる稜線は実に優美です。北海道の名山として、古くから知られ、信仰的にも、科学的にも、また趣味的にも人気で、登山者も非常に多くなお冬のスキー登山の対象としても有名です。

特に北海道では中央高地や、日高山脈の諸高峰を除いては、この山に匹敵するものがなく、北海道南部(札幌以西南)の諸峰中の雄となっています。山麓はブナ、ナラ、ダケカンバなどの森林で、それから六合目付近まではエゾマツ、トドマツの原生林が覆い、上部の熔岩礫帯は高山植物に富んでいて、天然記念物に指定されています。頂上には父の釜と呼ばれる周囲約2kmの噴火口があり、その火口内には夏もなお残雪が見られます。また父の釜の北に母金と小釜の2つの噴火口があります。

登山口としては半月湖口と真狩別口とがありますが、普通は昇り降りともに半月湖口を選び、真狩別口は洞爺湖方面に降りるか、あるいはこの方面からの登山者の選ぶ登路で、比較的少数です。

半月湖口は俱知安駅から8km、夏は貸切自動車が向かい、比羅夫駅からは4kmで湖畔に達します。ここに登山事務所があり、宿泊もできます。冬季のスキー登山はこの事務所を拠点として登ります。ここから頂上までさらに6km、4~5時間の行程です。夏道は事務所から約1kmで鳥居の前に出ます。その鳥居から尾根に登り、針葉樹林帯に入ります。森林帯はほぼ六合目で尽き、それより上はハイマツ帯と岩の急坂となります。八合目から九合目あたりが最も急坂で、富士の胸突八丁のようなところです。九合目付近に宿泊小屋があり、夏は宿泊することができます。

頂上の火口を廻る御鉢廻りは、大体1時間程度です。山頂付近はいたるところ多種多様な高山植物に彩られて美観を呈しています。

山頂の展望は非常に雄大で、東は洞爺湖を見下ろして、有珠岳、樽前山から噴火湾が一望でき、南に駒ヶ岳を望み、西は間近に俱知安平野をの向こうニセコアンヌプリの連山を望み、北には朝里岳、余市岳、手稲山や無意根山など札幌・小樽付近の諸山を望むことができます。

冬季のスキー登山は、主に半月湖畔を拠点とし、大体夏道によりますが、六合目付近までは森林帯でエゾマツ、トドマツの大樹や、ダケカンバの樹氷が素晴らしく、六合目付近に至るといっそう美観を呈しています。無樹帯になってからさらに急坂となって、どこから登ってもいいですが、時には風のため雪面が硬化してアイゼンを必要とすることが多く、頂上までスキーを使用することはまれです。森林帯では相当の風でも避けられますが、六合以上では風の日や天候の悪い日は登山を中止する方がいいです。登山事務所から頂上まで約5時間を要します。滑降は2時間もかかりません。積雪は3m以上に達し、三合目以上は4月下旬まで充分スキーができます。冬は快晴の日は少ないですが、3月以後は天候も落ち着いていっそう登山は容易です。しかし冬の間の林間の粉雪が軽く、樹氷の間を縫う滑降は最も気持ちいいもので、ニセコ付近の山々に比べてまったく違ったスキー登山を味わうことができます。

※底本:『日本案内記 北海道篇(五版)』昭和11年(1936年)発行

令和に見に行くなら

名称
後方羊蹄山
かな
しりべしやま
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
北海道虻田郡ニセコ町、倶知安町ほか
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

函館本線で車窓に最も印象的な山嶽としては、駒ケ嶽と羊蹄山である。羊蹄山はニセコアンヌプリ連山と尻別川を距てゝ相呼應するが如く聳え、その山容は標式的なコニーデで、獨立せる舊火山の富士式な秀峯を見せて居る。

一名蝦夷富士と呼ばれ、またマッカリヌプリの別名があり、尻別川及その支流眞狩川に抱擁せられ、基座東西一三粁、南北一二粁に達し、標高一、八九三米、その規模は小さいが、全く富士型の秀麗な山容が車窓閒近に迫つて、倶知安平野の空高く描かれる線はまことに優美である。北海道の名山として、古くから知られ、信仰的にも、科學的にも、また趣味的にも興味を惹き、登山者も頗る多く尙冬のスキー登山の對象としても著名である。

殊に北海道では中央高地や、日高山脈の諸高峯を除いては、この山に匹敵するものがなく、北海道南部(札幌以西南)の諸峯中の雄をなして居る。山麓は「ぶな」、楢、嶽樺などの森林で、それから六合目附近までは蝦夷松、「とど松」の原生林が覆ひ、上部は熔岩礫帶をなし高山植物に富んで居り、天然記念物に指定されて居る。頂上には父の釜と稱する周圍約二粁の噴火口があり、その火口內には夏尙殘雪が見られる。また父の釜の北方に母金及小釜の二噴火口がある。

登山口としては半月湖口と眞狩別口とあるが、普通は登降共に半月湖口を選び、眞狩別口は洞爺湖方面に降るか、或はこの方面よりの登山者の選ぶ登路で、比較的少數である。

半月湖口は俱知安驛から八粁、夏は貸切自動車が行く、比羅夫驛からは四粁で湖畔に達する。こゝに登山事務所があり、宿泊も出來る。冬季のスキー登山はこの事務所を根據として登る。こゝから頂上まで尙六粁、四時閒乃至五時閒行程である。夏道は事務所から約一粁で鳥居の前に出る。その鳥居から尾根に登り、針葉樹林帶に入る。森林帶は略六合目で盡き、それより上は偃松帶と岩の急坂となる。八合目から九合目あたりが最も急坂で、富士の胸突八丁に比すべき處である。九合目附近に宿泊小屋があり、夏は宿泊することが出來る。

頂上の火口を廻る御鉢廻りは、大體一時閒程度である。山頂附近は到る處多種多樣な高山植物に彩られて美觀を呈する。

山頂の展望は頗る雄大で、東は洞爺湖を下瞰して、有珠嶽、樽前山から噴火灣が一眸に入り、南に駒ケ嶽を望み、西は閒近に俱知安平野を隔てゝニセコアンヌプリの連山を望み、北には朝里嶽、余市嶽、手稻山や無意根山など札樽附近の諸山を望むことが出來る。

冬季のスキー登山は、主に半月湖畔を根據とし、大體夏道に依るが、六合目附近までは森林帶で蝦夷松、「とど松」の大樹や、嶽樺の樹氷が素晴らしく、六合目附近に到ると一層美觀を呈して居る。無樹帶になつてから一層急峻を增して、何れを登つても良いが、時としては風の爲雪面が硬化してシタイグアイゼンを必要とすることが多く、頂上までスキーを使用することは極めて稀である。森林帶では相當の風をも避けられるが、六合以上では風の日や天候の惡い日は登山を中止する方が良い。登山事務所から頂上まで約五時閒を要する。滑降は二時閒も要しない。積雪は三米以上に達し、三合目以上は四月下旬まで充分スキーが出來る。冬は快晴の日は少いが、三月以後は天候も定まつて一層登山は容易である。しかし冬の閒この林閒の粉雪が輕く、樹氷の閒を縫ふ滑降は最も痛快なもので、ニセコ附近の山々に比べて全々別箇なスキー登山の興味を滿喫出來る。

ニセコ・倶知安のみどころ