西宮神社
昭和初期のガイド文
西ノ宮駅の西約1.5km、阪神電車西宮停留場下車、市内社家町にあります。古く西宮戎社または夷宮と呼ばれ、現在の社名は明治7年(1874年)の改称です。社頭には、多宝塔、輪蔵、その他の諸堂がありましたが、室町時代の天文3年(1534年)兵火に罹り、江戸時代初期の慶長9年(1604年)豊臣秀頼の造営がありました。承応2年(1653年)にまた罹災し、寛文中(1661~1673年)徳川家綱の時また造営されました。
本殿[国宝] 三連春日造、屋根檜皮葺で、寛文3年(1663年)の建立になり、三宇の春日造を連結して、各社殿間に繋棟を作っている特殊な形式のものです。
表大門[国宝] 四脚門、屋根切妻造、本瓦葺で、慶長9年秀頼再興の遺構です。
神社は西宮蛭子と呼ばれ、中古以後は福徳の神として特に崇拝盛んとなり商家の尊崇厚く、毎年1月10日は十日戎と称して京阪その他から参詣者が群集して非常に混雑します。境内は末社等が多くあり、百太夫墓があります。
令和に見に行くなら
- 名称
- 西宮神社
- かな
- にしのみやじんじゃ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 兵庫県西宮市社家町1-17
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
西ノ宮驛の西約一粁半、阪神電車西宮停留場下車、市內社家町にある。古く西宮戎社または夷宮と稱し、今の社名は明治七年の改稱である。社頭には、多寶塔、輪藏、その他の諸堂があつたが、天文三年兵燹に罹り慶長九年豐臣秀賴の造營があつた。承應二年にまた罹災し、寬文中德川家綱の時また造營された。
本殿[國寶] 三連春日造、屋根檜皮葺で、寬文三年の建立にかゝり、三宇の春日造を連結して、各社殿閒に繋棟を作つて居る特殊の形式のものである。
表大門[國寶] 四脚門、屋根切妻造、本瓦葺で、慶長九年秀賴再興の遺構である。
神社は西宮蛭子と稱し、中古以後は福德の神として殊に崇拜盛んに商家の尊崇厚く、每年一月十日は十日戎と稱して京阪その他より參詣者群集して甚だ雜踏する。境內末社等多く存し、百太夫墓がある。