廣田神社

廣田神社[官幣大社]
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

西ノ宮駅の北2km、大社村廣田にあります。祭神は撞賢木巌之御魂天疎向津媛命すなわち天照大神の荒魂です。神功皇后、三韓から凱旋の際に神のお告げによって祀られた神社で、同時に稚日女神を生田神社に、事代主神を長田神社に、また住吉三神は住吉神社に、それぞれ祀られました。古来皇室の崇敬厚く、式内名神大社に列しましたが、早くから社域は山麓と海浜との2か所に分かれ、山麓のものを本社、海辺のものを浜南宮と呼びました。浜南宮は現在の西宮神社の境内にある南宮神社であるといい、現在はこの廣田神社の摂社になっています。社殿は鎌倉時代の嘉禄(1225~1227年)以後、何度か火災があり、安土桃山時代の慶長9年(1596年)豊臣秀頼の改築に次いで江戸時代前期の寛文中(1661年)徳川家綱の修築がありましたが、享保12年(1716年)広田川のたびたびの氾濫によって西方山手の現在の場所に移転改築されました。境内は広く多くの摂社、末社が散在し、また背後の山丘は一帯つつじが多く、花期には賑やかです。祭日は4月16日。

※底本:『日本案内記 近畿篇 下(初版)』昭和8年(1933年)発行

令和に見に行くなら

名称
廣田神社
かな
ひろたじんじゃ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
兵庫県西宮市大社町7-7
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

西ノ宮驛の北二粁、大社村廣田にある。祭神は撞賢木巖之御魂天疎向津媛命卽ち天照大神の荒魂である。神功皇后、三韓より凱旋の時神誨により齋き祀らしめ給へる神社で、同時に稚日女神を生田神社に、事代主神を長田神社に、また住吉三神は住吉神社に、それぞれ祀り給うた。古來皇室の崇敬厚く、式內名神大社に列したが、早くより社域山脚と海濱との二ケ所に分たれ、山脚を本社、海邊を濱南宮と稱した。濱南宮は現時の西宮神社の境內にある南宮神社であると云ひ、今この廣田神社の攝社になつて居る。社殿は嘉祿以後、數次回祿あり、慶長九年豐臣秀賴の改築に次ぎて寬文中德川家綱の修築があつたが、享保十二年廣田川の度々の氾濫によりて西方山手の現今の場所に移轉改築せられた。境內廣く數多の攝社、末社が散在し、また社背の山丘一帶つゝじが多く、花期には賑かである。祭日は四月十六日。

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