二荒山神社
昭和初期のガイド文
[国幣中社] 東照宮の西約300m、恒例山の西麓に位置し、古い杉の木々に囲まれた場所にあります。ここでは大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の三柱の神をお祀りしています。この神社は奈良時代末期に下野の僧・勝道上人が現在の本宮の位置に創建し、嘉祥年間(平安時代、848~851年)に恒例山の南麓に移されました。その後、東照宮の建設時に現在の場所に再び移されました。現在の社殿は元和5年(江戸時代、1619年)に徳川秀忠公が造営したもので、本殿と拝殿はどちらも国宝に指定されています。本殿は五間五面の入母屋造りで、屋根は銅板葺きとなっています。正面には千鳥破風と唐破風があり、三間の向拝が付いています。桝組や蟇股、長押などには繧繝彩色が施され、華やかな装飾が施されています。柱や羽目などの軸部はすべて朱塗りで、腰回りには朱塗りの勾欄付きの回縁があります。拝殿は五間四面の入母屋造りで、屋根は銅板葺きです。軒回り以下の軸部は本殿と同様に朱塗りとなっていますが、上長押回りは本殿とは異なり、彩色が施されていません。拝殿の一角には宝物として和鏡が十数面展示されており、以下のような重要な品々をご覧いただけます。
- 宝物
- 蓬莱山文鏡 一面 銘「奉施入瀧尾神鏡宮光、康安元年八月廿八日」(瀧尾神とは当社の別宮・瀧尾神社のことです)。
- 蝶散らし双雀文鏡 一面 銘「奉施入新宮権現御宝前嘉慶元年丁卯十二月云々」(新宮とは当社のことで、本宮に対する呼び名でした)。
- 桐鳳凰文鏡(方形) 一面 鎌倉時代
- 鴛鴦宝相華文鏡 一面 鎌倉時代
- このほか、宝庫には以下の国宝の太刀や、男体山から発掘された平安・鎌倉時代の和鏡、小仏像、仏具などが多数保存されています。
- 太刀[国宝] 一口 銘「備州長船康光 応永24年2月日(室町時代、1417年)」
- 太刀[国宝] 一口 銘「吉平」
- 太刀 一口 銘「来国光」
- 太刀 一口 (東京遊就館出陳) 銘「備州長船倫光 貞治5年2月(南北朝時代、1366年)」
銅製灯籠[国宝] 本殿瑞垣の外側にあります。俗に「化け灯籠」と呼ばれ有名です。正応5年(鎌倉時代、1292年)に鹿沼権三郎入道教阿らによって奉納されたもので、高さ約2.3m(7尺5寸)です。灯籠の竿部分には以下の鋳出し銘が刻まれています。
奉治鋳
新宮御宝前
御灯炉一基
右志者為二世悉地成就
円満也利益普及群類矣
正応五年壬辰三月一日
願主鹿沼権三郎入道教阿
井清原氏女 敬白
大工常陸国三村
六郎守季
令和に見に行くなら
- 名称
- 二荒山神社
- かな
- ふたらさんじんじゃ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 栃木県日光市山内2307
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[國幣中社] 東照宮の西約三〇〇米、恒例山の西麓古杉の茂つた所にあり、大己貴命、田心姫命、味耜高彥根命を祀る。當社は奈良朝の末に、下野の人勝道上人が今本宮のある所に創建し、嘉祥年間に恒例山の南麓に移し、後東照宮の建設された時更に今の地に移された。今の社殿は元和五年に德川秀忠の造營したもので、本殿及拜殿とも國寶に指定されて居る。本殿は五間五面入母屋造銅板葺、正面に千鳥破風及唐破風があり、正面には三間の向拜が附いて居る。桝組、蟇股、長押などは繧繝彩色を施し華麗な裝飾が加へられて居る。柱及羽目などの軸部はすべて朱塗で、腰廻には朱塗勾欄附の廻椽がある。拜殿は五間四面入母屋造、屋根銅板葺、軒廻以下軸部はすべて本殿と同樣朱塗になつて居るが、上長押廻は本殿とは異り彩色がない。拜殿の一隅に寶物の和鏡十數面が陳列されて居る。次の諸鏡はその主なるものである。
- 寶物
- 蓬萊山文鏡 一面 銘、奉施入瀧尾神鏡宮光、康安元八廿八(瀧尾神とあるは當社の別宮瀧尾神社のことである)。
- 蝶散し雙雀文鏡 一面 銘、奉施入新宮權現御寶前嘉慶元年丁卯十二月云々(新宮とあるは當社のことで本宮に對した稱呼であつた。)
- 桐鳳凰文鏡(方形) 一面 鎌倉時代
- 鴛鴦寶相華文鏡 一面 鎌倉時代
- この外寶庫には次にかゝぐる國寶の太刀及男體山の項から發掘された平安及鎌倉時代の和鏡、小佛像、佛具などが多數保存されて居る。
- 太刀[國寶]一口 銘 備州長船康光應永廿四年二月日
- 太刀[國寶]一口 銘 吉平
- 太刀 一口 銘 來國光
- 太刀 一口 東京遊就館出陳 銘 備州長船倫光貞治五年二月
銅製燈籠[國寶] 本殿瑞垣の外側にあり、俗に化燈籠と稱して名高い。正應五年に鹿沼權三郞入道教阿等の奉納したもので高さ約二米三(七尺五寸)、竿に次の鑄出し銘がある。
奉治鑄
新宮御寶前
御燈爐一基
右志者爲二世悉地成就
圓滿也利益普及群類矣
正應五年壬辰三月一日
願主鹿沼權三郞入道教阿
井清原氏女 敬白
大工常陸國三村
六郞守季