富士山

富士山
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

静岡、山梨の2県にまたがり、日本第一の名山で富士火山脈に属し、コニーデ式火山の特徴を現しています。火山円錐の頂角は平均120度、山頂に近いあたりは30~35度の傾斜をしていますが、山麓に下るにしたがって緩やかになり5~10度ほどのところが長く続き、美しい対数曲線を描いています。その麓部分で東西38km、南北40km、周囲160km、体積1,030kmm³、最高点は海抜3,778mにおよびます。山頂には旧火口があり内院と呼ばれ、その側壁に見られる熔岩と火山砂礫の層はこの山が成層火山であることを示しています。

噴出の発端は地質時代の洪積世にあり、有史時代に入ってからもたびたび噴火し、桓武天皇即位の年すなわち奈良時代の天応元年(781年)の噴火は歴史に記録された最初のもので、その後延暦、貞観のころ大噴火があり、最近の大噴火は江戸時代中期の宝永4年(1707年)将軍徳川綱吉の晩年に起こり、東南側、約2,500mの中腹で爆裂火口を造り、山体の一部が破壊され飛散しました。その火口を新内院と呼び、その東側に熔岩の破片などが堆積して造られた山峰を宝永山と名づけ、海抜2,702mに達します。

富士山での側噴出はたびたび起こり、側面に小火山円錐を造って寄生火山となることもあり、単に火口をもつに留まることもあります。寄生火山はその数46個、火口は24個、合計側噴出口70個を数えます。なかでも西北側の大室山は最も大きなもので、完全な截頂円錐体を示しています。

富士山体を組成する岩石で最初の噴出物となるかんらん岩、灰長石、玄武岩は裾野の基盤となっています。この基盤の熔岩は桂川、芝川の峡谷にその断崖を見せ、河口湖の南岸にも露出しています。桂川の田原滝、芝川の白糸の滝に音止の滝、久保川の佐野の滝はいずれもこの熔岩の断崖にかかっているものです。また人穴、万野、駒門の風穴はこの熔岩のなかに生じたトンネルです。その後に噴出した熔岩と砂礫、火山岩の層は、交互に堆積して大円錐を形成するに至ったものですが、その熔岩には丸尾熔岩、中腹熔岩、砂礫には中央火口砂礫、側火口砂礫の区分があります。丸尾熔岩はいずれも熔岩流となったもので大小の鉱滓状石塊として堆積しています。これらは側噴出により多量の磁鉄鉱を包有するものです。丸尾のなかで最も広大な面積を占めているのは青木ヶ原丸尾で、平安時代の貞観6年(864年)中道御庭の東側から噴出して流下し、西北麓にあった剗の海を西湖と精進湖の2つに割りました。この熔岩は約50kmm²の面積をしめ、そのなかに富士風穴、神座風穴など多数の熔岩トンネルをもち、その上には広葉樹や針葉樹の混生した自然林が繁茂して樹海を形成しています。このほか北側には剣丸尾があり、延長15km、幅は最大1kmにおよび、東南側には印野丸尾があり、胎内と呼ばれる熔岩トンネルがあります。中腹熔岩は裾野へは流下せず多くは中腹で止まっていて、大宮口および吉田口の登山道ではその露出に接することとなります。西南側には中道廻りの道はこの熔岩の岩盤上に通じています。この熔岩は一般に緻密質のものが多く、また多孔質のものも混ざっています。中央火口の砂礫は御殿場口や須走口の砂走り、中道巡りの道の東北部で見られ、黒褐色や褐色のもので、火山弾が混ざっています。側火口砂礫では宝永山の新内院と小富士の噴出によるものが多く、前者には黒色コークス状のもの、灰色緻密斑岩様のもの、もしくは漆黒緻密、玻璃状のものが多く、後者は赤土色、褐色のものです。火山岩層は細かい土砂と大小の岩塊が混ざっていて、熔岩の崩壊分解によって運ばれたもので、その覆っているところの多くは耕地へと開墾されています。これが広く厚く堆積するのは箱根火山との裾合谷をなす地方で、須走から南滝ヶ原印野に至る間です。

富士山の気象は、気温においてはその最も低いところは山中で1月平均5.6度、8月平均22度、年平均9.1度。筑波山頂の9.2度、青森の9.3度と比べてもやや低いものです。山中の気温がこれほど低いのはその土地が海抜1,000mに位置し、西寄りの卓越風が寒冷な富士山頂を越えて吹き下りるためです。これに次いで低温なのは吉田で1月平均3.9度、8月平均23.8度、年平均10.5度です。大宮は著しく温和で1月平均2.6度、8月平均25.9度、年平均14.6度におよびます。降水量は一般に西南に多く東北に少く、白糸では全計3,365mm、吉田では1,571mmです。暴風日数は山中では夏冬ともまったくなく、御殿場口では夏に最も多く28日、冬期12日におよびます。山頂では8月の平均気温5.9度で沼津の2月の温度とほとんど等しく、8月の最低は氷点下になることもあります。気圧は8月平均491mm、沼津よりも265mm低く、高さ100mごとに気圧187mm、500mごとに35mm下がって行きます。山頂の沸騰点は72.4度、高さ500mごとに3.8度下がります。山頂8月の風向きは西南風が最も強く、風速は平均11m、時には風速61mに達したことがあります。降水量は8月の平均量690mm、時には1,111mmにおよんだ年があります。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
富士山
かな
ふじさん
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
静岡県、山梨県
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

靜岡、山梨の二縣に跨り、わが國第一の名山で富士火山脈に屬し、コニーデ式火山の特徵を發揮して居る。火山圓錐の頂角平均一二〇度、山頂に近きあたりは三〇度乃至三五度の傾斜をして居るが、山麓に下るに從ひ漸く緩く五度乃至10度に過ぎざる處長く曳き、美しき對數曲線を描いて居る。その座積東西三八粁、南北四〇粁、周圍一六〇粁、體々一、〇三〇立方粁、最高點は海拔三、七七八米に及ぶ。山頂には舊火口あり內院と稱し、その側壁にある熔岩及火山砂礫の互層はこの山の成層火山たることを示して居る。

噴出の發端は地質時代の洪積世にあり、有史時代に入りても度々噴火し、桓武天皇卽位の年卽ち天應元年に於ける活動は歷史に記錄せられた最初のもので、その後延曆、貞觀の頃大噴火があり、最近の大活動は寶永四年將軍德川綱吉の晚年に起り、東南側約二、五〇〇米の中腹に於て爆裂火口を造り、山體の一部を破壞飛散した。その火口を新內院と稱し、その東側に熔岩の破片その他を堆積して造つた山峰を寶永山と名づけ、海拔二、七〇二米に達する。

富士山に於ける側噴出は度々行はれ、側面に或は小火山圓錐を造つて寄生火山をなし、或は單に火口を存するに止まるものが少くない。寄生火山はその數四十六個、火口は二十四個合計側噴出口七十個を算する。中にも西北側の大室山は最も大なるもので、完全な截頂圓錐體を示して居る。

富士山體を組成する岩石中最初の噴出物たる橄欖灰長石玄武岩は裾野の基盤をなして居る。この基盤の熔岩は桂川、芝川の峽谷にその斷崖を見せ河口湖の南岸にも露出して居る。桂川の田原瀧、芝川の白絲瀧及音止瀧、久保川の佐野瀧は何れもこの熔岩の斷崖に懸るものである。また人穴、萬野、駒門の風穴はこの熔岩の中に生じたトンネルである。その後に至り噴出せる熔岩と砂礫及火山岩層は、交互に堆積して大圓錐を形成するに至つたものであるが、その熔岩には丸尾熔岩、中腹熔岩、砂礫には中央火口砂礫、側火口砂礫の別がある。丸尾熔岩は何れも熔岩流をなしたもので碌々たる大小の鑛滓狀石塊として堆積して居る。これらは側噴出により多量の磁鐵鑛を包有するものである。丸尾中最も廣大な面積を占めて居るのは靑木ケ原丸尾で、貞觀六年中道御庭の東側から噴出して流下し、西北麓に湛へて居た剗ノ海を中斷して西湖と精進湖に分けた。この熔岩は約五〇平方粁の面積をしめ、其中に富士風穴、神座風穴など數多の熔岩トンネルを有し、その上には濶葉樹や針葉樹の混生せる自然林が繁茂して樹海を形成して居る。この他北側には劍丸尾があり、延長一五粁幅最大一粁に及び、東南側には印野丸尾があり、胎內と稱する熔岩トンネルを有して居る。中腹熔岩は裾野へは流下せず多くは中腹で止まつて居て、大宮口及吉田口の登山道ではその露出に接する。西南側には中道廻りの道はこの熔岩の岩盤上に通ずる。この熔岩は一般に緻密質のものが多く、また多孔質のものを混ずる。中央火口の砂礫は御殿場口及須走口の砂走り及中道巡りの道の東北部で見られ、黑褐色または褐色を呈し、火山彈を混じて居る。側火口砂礫では寳永山の新內院及小富士の噴出にかゝるものが著しく、前者には黑色コークス狀のもの、灰色緻密斑岩樣のもの、若しくは漆黑緻密、玻璃狀のものが多く、後者は赭褐色を呈する。火山岩層は細かき土砂と大小の岩塊を混じ、熔岩の崩壞分解により運搬されたもので、その掩ふ處多くは耕地に開墾されて居る。その廣く且つ厚く堆積するは箱根火山との裾合谷をなす地方で、須走から南瀧ケ原印野に至る閒である。

富士山の氣象は氣溫に於てはその最も低きは山中で一月平均五、六度、八月平均二二度、年平均九、一度、筑波山頂の九、二度、靑森の九、三度よりやゝ低い。山中のかく氣溫低きはその土地海拔一、〇〇〇米に位し、西寄の卓越風が寒冷なる富士山頂を越えて吹き下りるためである。これに次いで低溫なるは吉田で一月平均三、九度、八月平均二三、八度、年平均一〇、五度である。大宮は著しく溫和で一月平均二、六度、八月平均二五、九度年平均一四、六度に及ぶ。降水量は一般に西南に多く東北に少く、白絲では全計三、三六五粍、吉田では一、五七一粍である。暴風日數は山中では夏冬とも皆無、御殿場口では夏期最も多く二十八日、冬期十二日に及ぶ。山頂にては八月の平均氣溫五、九度で沼津の二月のそれと殆んど等しく、八月の最低は氷點內外である。氣壓は八月平均四九一粍、沼津より二六五粍低く、遞減率は高さ一〇〇米每に氣壓一八七粍、五〇〇米每に三五粍である。山頂の沸騰點は七二、四度、その遞減率は高さ五〇〇米每に三、八度である。山頂八月の風向は西南風最も卓越し、風速は平均一一米、時には風速六一米に達したことがある。降水量は八月の平均量六九〇粍、時には一、一一一粍に及んだ年がある。

御殿場のみどころ