男体山

男體山

昭和初期のガイド文

男体山(標高2,484m)は中禅寺湖の北東に位置する、美しい円錐形の火山で、その雄大な姿を空高くそびえさせています。西側には白根山がそびえ、共に湖面にその影を映しています。この山は関東の名山として知られており、日光連山の中でも重要な山の一つです。その北には大真名子山(2,375m)や小真名子山(2,322m)、東北には女峰山(2,463m)、赤薙山(2,010m)などが続き、これらを総称して「日光山」と呼ばれることもあります。東北本線で大宮駅を過ぎると、北西の遠方に赤城山が見えます。その右側に、この日光連山が関東平野の先に連なっています。特に左側に尖った峰が白根山で、その右隣に丸みを帯びた峰が男体山として確認できます。

登山ルートは大きく4つありますが、中禅寺湖から登るルートが最も便利で、多くの登山者がこのルートを利用しています。毎年8月1日から7日まで行われる二荒山神社の登拝祭では、白装束の参拝者が約15,000人に達し、信仰登山が特に盛んです。

中禅寺湖畔にある二荒山神社・中宮祠から山頂までは約8kmで、所要時間は2~3時間です。まず社務所にて祈祷料として一人500円を納め、社殿に参拝してから登山道の門を開けてもらいます。道はほぼ直線的に山頂を目指す形で、比較的急な坂が続きます。3合目と5合目には休憩小屋があり、その間はツガやトドマツ、シラビソなどの針葉樹にダケカンバが混じった美しい森林帯が広がっています。地面はクマザサに覆われ、心地よい雰囲気です。5合目以降は岩場や木の根が露出して道が険しくなり、7合目の小屋を過ぎると樹林は次第に低木になっていきます。8合目からは緩やかな斜面と灌木帯となり、山頂へと続きます。途中、水場はないため、登山口で事前に水を準備してください。山頂は主に低木が茂り、ミヤマナナカマドやドウダンツツジ、ダケカンバが多く、イワカガミやコケモモ、マンネンスギなどの高山植物も見られます。三角点のある南西側には二荒山神社の奥社と休憩小屋があり、登山シーズン中は宿泊も可能です。小屋の用水には雨水を利用しています。山頂の北西側には旧火口の跡があり、戦場ヶ原へ向かう谷が火口瀬のように落ち込んでいます。

山頂からの眺望は非常に広大です。南側には足元に広がる中禅寺湖を見下ろし、湖の南岸には半月山や庚申山、皇海山が隆起するようにそびえています。その先には関東平野が広がり、利根川が蛇行しながら流れる様子が見えます。そのさらに向こうには富士山の美しい頂きが浮かび、右手には秩父連山や八ヶ岳、南アルプスなどが望めます。西側には戦場ヶ原を足元に見下ろし、湯元温泉や湯ノ湖を隔てて白根山が高くそびえ、白根山から南には錫ヶ岳や笠ヶ岳の尾根越しに奥上州の武尊山が見えます。さらに西南には浅間山や赤城山が遠くに望まれます。北側に目を移すと、尾瀬の至仏山が月山のように、燧ヶ岳が筑波山のような姿で見えます。会津駒ヶ岳から北にかけては帝釈山塊の山々が連なり、その壮大さに限りがありません。北側には間近に太郎山や大真名子山、小真名子山、東側には女峰山や赤薙山がそびえ、その遠方には高原山が見えます。東南方向には関東平野が広がり、筑波山が孤島のように浮かんでいます。

山頂から北に道を進み、大真名子山との鞍部を下ると志津小屋に到達します。小屋から東南に進み、ウリュウ坂や深笹ノ河原を経由して裏見の滝を見ながら清滝や日光西町へ下ることも可能です。このルートは男体山の裏登山道の一つです。また、志津小屋から大真名子山や小真名子山を経由して女峰山の鞍部にある富士見峠に出ることもできます。この峠はかつて塩谷郡栗山郷と日光方面を結ぶ交通の要所でした。

富士見峠から女峰山までは約1時間で登ることができ、女峰山から七滝を経由して日光町へ下る道もあります。この道は日光西町から女峰山への登山ルートで、通常は登り5時間、下り3時間の行程です。男体山からこの連山を縦走する場合、1日では難しいですが、志津小屋で一泊すれば、男体山および裏山の興味深い山旅を楽しむことができます。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
男体山
かな
なんたいさん
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
栃木県日光市中宮祠
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

男體山(二、四八四米)は中禪寺湖の東北に優美な火山性の裾を引き、圓錐形の偉大なる山容を空に聳え、その西に聳ゆる白根山と共に湖に山影を投げて居る。關東の名山として知られ、また日光諸山中の重鎭でその北に連る大眞名子山(二、三七五米)小眞名子山(二、三二二米)東北の女峯山(二、四六三米)赤薙山(二、〇一〇米)などを總稱して日光山とも云はれて居る。東北線を北へ大宮驛を過ぎると西北遙かに赤城山が望める。その右にこの日光諸山が關東平野の彼方に連亙する。比較的左端に高くやゝ尖峯を見せるのが白根山で、その右に圓い峯を見せるのが男體山である。

登路は凡そ四つあるが、中禪寺から登るのが最も便利で、登山者の九割はこの登路に依つて居る。毎年八月一日から七日まで二荒山神社の登拜祭には白衣の登拜者が約一五、〇〇〇人に達し、信仰的登山が最も盛んである。

中禪寺湖畔の二荒山神社中宮祠から頂上まで約八粁二時間乃至三時間を要する。先づ社務所へ祈禱料として一人金五拾錢を納め、社殿に參拜すると、登山路の門を開けて吳れる。道は頂上へ殆んど直線的で相當急に感ずる。三合目と五合目に休憩小屋があり、この間は栂、とゞ松、しらびそなどの針葉樹に岳樺の混じた林が美しく、樹下は概ね熊笹に蔽はれた氣分の良い森林帶である。五合目から上は岩石と木の根とが露出して少しく道が惡くなり、七合目の小屋を過ぎると樹林も漸く小さくなつて、八合目からは緩かな斜面となり、灌木帶となつて頂上に出る。途中には水の湧出して居る處が無いから、登山口で準備する必要がある。頂上は概ね矮小灌木帶で、みやまなゝかまど、どうだんつゝじ、岳樺などが多く、いはかゞみ、こけもゝ、まんねんすぎなどの高山植物も見られる。三角點のある西南の峯に二荒山神社の奥社と休憩小屋があり、登山期中は宿泊も出來る。用水には雨水を貯藏して居る。頂上の西北面は舊火口の形を見せ、北側の戰場ケ原へ火口瀨の樣に谷が落ちて居る。

山頂の眺望は頗る廣濶で、南は脚下に中禪寺湖の靑碧を俯瞰し、湖の南岸に隆起のやうに半月山、庚申山、皇海岳があり、足尾方面に續く山々は、關東平野に裾を沒し、廣い平野には利根川が蜿蜒として走り、その彼方遙に富士の秀峯が浮んで、その右には秩父の連山、八ケ岳、南アルプスなどが望まれる。西は戰場ヶ原脚下に廣がり、湯元溫泉、湯ノ湖を隔てゝ、白根山高く聳えて相呼應するが如く、白根から南へ錫ケ岳、笠ケ岳への尾根越に奥上州の武尊山が峯を見せ、尙西南に淺間山、赤城山などが遙に望まれる。白根山の西から北に眼を轉ずると、尾瀨の至佛岳が月山の樣に、燧岳が筑波山のやうな姿に望まれ、會津駒ヶ岳から北には帝釋山塊の諸山が重疊として際限がない。北は間近に、太郞山、大眞名子山、小眞名子山、東寄りに女峯山、赤薙山を望み、やゝ遠く高原山が見える。東南は關東平野廣がり、孤島のやうに筑波山が浮んで居る。

頂上から道を北に採り、大眞名子山との鞍部へ下ると志津小屋に出る。小屋から東南にウリユウ坂、深笹ノ河原を經、裏見の瀧を見て、清瀧へも日光西町へも下られる。これは男體裏登山道の一つである。また志津小屋から大眞名子山、小眞名子山を經て、女峯山の鞍部の富士見峠にも出られる。この峠は鹽谷郡栗山郷と日光方面との舊交通の要路であつた。栗山方面の人々はこの峠に出て男體山の裏山道から登る。富士見峠から南へ下れば、野州原御料地のモツコ平からイヅラ峠を過ぎて、前記志津小屋からの道と裏見瀧下で合して日光町に出られる。

富士見峠から女峯山までは、約一時間で登られる。女峯山から七瀧を經て日光町へ下る道もある。これは日光町から女峯山への登山路で、普通日光西町から五時間、下り三時間の一日行程で、男體山からこの連山の縱走は一日行程には無理であるが、志津小屋に一泊すれば樂に興味ある男體及裏山の山旅が出來る。

中禅寺湖のみどころ