中禅寺湖

中禪寺湖

昭和初期のガイド文

中禅寺湖は日光駅から西へ約8km、男体山の南麓に広がっています。一説には「幸の湖」とも呼ばれています。湖の地盤は石英斑岩と花崗岩で形成され、地質時代に浸食を受けて大きな窪地となりました。もともとこの窪地は東方まで広がっていましたが、男体山の溶岩流が流路を遮り、結果として現在の湖が形成されました。湖は東西6.5km、南北1.8km、面積12平方kmにわたり、南岸には「八丁出島」という半島が突出し、その東側に「上野島」があります。水面は海抜1,271mにあり、湖畔には樹木が豊かに茂っており、特に秋の紅葉が見事です。

湖の最深部は170mに達し、華厳滝の高さよりさらに70m深い構造となっています。水温は夏場の最高月で23度、冬場の最低月で4度です。水深100m以上の部分では一年を通じて水温が4度を保ちます。冬季には風や波が強いため、湖面が凍ることは少なく、水の色は濃藍色をしており、非常に美しいとされています。

華厳滝が魚の遡上を阻んでいたため、かつて湖内には魚が生息していませんでしたが、明治6年以降に魚類の移植が行われました。明治14年には鮭や鱒、明治22年にはヒガイが放流され、その後もアメリカから紅鱒やホワイトフィッシュが導入されました。明治39年以降は帝室林野局が養鱒事業を計画し、湖畔に孵化場を設置しました。これにより魚の繁殖が進み、漁獲量が増加しました。遊覧船は中宮祠から出航しています。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
中禅寺湖
かな
ちゅうぜんじこ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
栃木県日光市
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

驛の西八粁、男體山の南麓にあり、一に幸の湖と云ふ。湖盆は石英斑岩と花崗岩より成り、その地盤は地質時代に浸蝕されて大なる窪地を作つたもので、もと遙に東方に及んで居たが、男體山の熔岩流がこの窪地を橫斷して流れを堰き止め、こゝに湖水を形成するに至つたものである。湖は東西六粁半、南北一粁八、面積一二平方粁、南岸よりは八丁出島の半島が突出し、その東に上野島がある。水面は海拔一、二七一米、湖畔は一般に樹木が繁茂して、秋季は紅葉が美しい。

湖水の深さは最深一七〇米に及び、華嚴瀧の高さより更に七〇米深い。水溫は最高月二三度、最低月四度、深さ一〇〇米以上の處は一年を通じて四度、冬季は風波激しいため湖面の氷結すること少く、水色は三號に相當し、濃藍色を呈して居る。

湖尾の華嚴瀧は魚類の沂上を妨げ、古來魚類を產しなかつたが、明治六年以來魚類を移殖し、十四年には鮭、鱒、二十二年にはひがひ、その後米國の紅鱒、ホロイトフイツシを放流した。三十九年よりは帝室林野局に於て養鱒を計畫し、湖畔に孵化場を設け、爾後漸次繁殖して漁獲が甚だ多くなつて來た。遊覽船は中宮祠から出る。

中禅寺湖のみどころ