長禄寺
長祿寺[曹洞宗]
昭和初期のガイド文
須賀川駅の南約0.5km、二階堂為氏の創建、僧月窓の開基と伝えています。境内に二階堂氏の墓および亜欧堂田善の墓があります。田善は須賀川の人、松平定信に命ぜられて長崎に遊び西洋画法と銅版術を学んでその名大いに著はれ、江戸時代後期の文政5年(1818年)に没しました。
※底本:『日本案内記 東北篇(初版)』昭和4年(1929年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 長禄寺
- かな
- ちょうろくじ
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 福島県須賀川市北町3
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
驛の南約半粁、二階堂爲氏の創建、僧月窓の開基と傳へて居る。境內に二階堂氏の墓及亞歐堂田善の墓がある。田善は須賀川の人、松平定信に命ぜられて長崎に遊び西洋畫法と銅版術を學びてその名大いに著はれ、文政五年に歿した。