塩原渓谷

鹽原の溪谷

昭和初期のガイド文

塩原電車の関谷停留場を過ぎると、間もなく那須野の広がりが終わり、箒川の峡谷に入ります。電車の終点である塩原口からは、河川を左手に見下ろしながら、その高い岸をたどる道を進むことができます。道はナラやカエデなどの木々の間を通り、いくつかの小さな橋を渡って回顧橋に至ります。この橋の上からは、回顧滝の落ち口を左手に眺めることができます。滝の全景を楽しむには、次の穴平橋を渡り、左手の細い道を下って滝の下へ向かうと良いでしょう。回顧滝は高さ約45mあり、石英粗面岩の岩壁にかかる美しい滝です。穴平橋を渡った先には松生橋があり、右手に幽邃な仙髯滝が見られます。また、石安戸橋の右手には明るく美しい連珠滝がかかっています。この先へ進むと、左手に巨大な藤が3本のモミの木に絡みついている様子が見られます。猿岩橋に至ると、右手には奥深い猿臂滝が仰げます。さらに進んで境橋を渡ると、橋の右から左にかけて九回滝が流れています。この滝を越えると、大網温泉に到着します。このあたりの対岸にそびえる根本山は、春には野州花、秋には紅葉が大変美しい景色を見せてくれます。

大網温泉からさらに進むと、川の中に布滝があり、その次には稚児ヶ淵が見られます。この場所は川が屈曲する地点で、流れが非常に穏やかで水が深いところです。その下流には、川の中に大小の岩石が寄り添い、巨大な甌穴を形成しており、その中に碧水がたたえられています。特に大きな岩の上には、通常の水面からはるかに高い位置に小さな甌穴も見られます。次に澄鮮橋を渡り、右手に滝を眺めながら寒凄橋を通り過ぎると、白雲洞と呼ばれるトンネルがあります。この辺りは塩原でも絶景の一つとされています。トンネルを抜けると、右手に材木岩が見られます。これは柱状節理が発達した石英粗面岩で、五角形や六角形の柱がそびえ立つ様子が特徴的です。この場所から右手に登る細道があり、約300mで龍化滝に到達します。この滝は三段に分かれており、上段は崖を直下し、中段は二つに分かれて岩壁の左右を流れ、下段は傾斜した岩盤を滑る形で流れます。塩原の数多くの滝の中でも壮観を呈するものの一つです。この後、材木岩に戻り進むと、福渡戸の温泉場に到着します。福渡戸を過ぎると、前方に天狗岩が中空にそびえ立っています。この岩は石英粗面岩の断層面を示しており、高さ約100mで壮大な景観を見せています。岩の表面には無数の裂罅が斜めに走り、岩の上には赤松が生い茂っています。塩原の絶景の一つとされています。その上流には川の中に七ツ岩がそびえています。これは石英粗面岩の岩盤が川の流れに沿って浸食を受け、U字形に刻まれて岩礁が林立している奇景です。この後も塩釜温泉場へと進みます。道の右手には高尾塚に接して大きな化石が見られます。これは塩原の渓谷中で見つかる第三紀の化石の一つです。

塩湧橋を渡り、鹿股川を左手に見ながらその谷を上ると、塩の湯があります。この周辺は秋になると紅葉の絶景が広がる場所です。さらに川沿いの小道をたどり南へ進むと、約4km先に幽邃な雄飛滝があります。滝の前では、左右に岩壁が迫り、川の流れの後退を示しています。この場所から東北約1kmには、咆哮滝と雷霆滝が並んでおり、傾斜する岩床を滑る様子は壮観です。さらに南へ500m進むと霹靂の滝があります。また、塩湯から西南へ進むと、大沼、小沼を経て富士山の裾を回り、新湯に至る小道があります。

塩釜から箒川の本流に沿って進むと、谷が少し広くなり、畑下戸や門前の二つの温泉場を過ぎて蓬莱橋を渡ります。橋の上からは左手に七絃滝が美しく眺められます。さらに古町を過ぎて左手の小道を進むと、源三窟と呼ばれる石灰洞窟があります。洞窟内には小さな巻貝の化石が見られます。この先は谷が広がり、稲田や桑畑が続きます。北方のしらん沢では木葉石と呼ばれる化石が多く見つかります。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
塩原渓谷
かな
しおばらけいこく
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
栃木県那須塩原市
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

鹽原電車の關屋停留場を過ぎると、間もなく那須野が盡き箒川の峽谷に入る。電車の終點鹽原口から河流を左に見下して、その高き岸を溯り行けば、楢、かへでなどの木立の間に道が通じ、數小屋橋を經て囘顧橋に至る。橋上から囘顧瀧の落口が左に見える。この瀧の全景を見るには、その次の穴平橋を渡つて左方の細道を下り、左に取つて瀧の下に行く、囘顧瀧は高さ約四五米石英粗面岩の岩壁に懸る。穴平橋の次には松生橋があり、右に幽邃な仙髯瀧が見える。また石安戶橋の右には明るい聯珠瀧が懸る。これより進めば左方に巨大なる藤が三本の樅の木に絡んで居るのが眺められる。猿岩橋に至れば右方に奥深い猿臂瀧が仰がれる。これより境橋を渡る。橋の右から左にかけて九囘瀧が懸る。これを過ぐれば大網溫泉に至る。このあたりの對岸に聳える根本山は、春は野州花、秋は紅葉が甚だよい。

大網から進めば河中に布瀧を見、次に稚兒ケ淵が見える。こゝは河流の屈曲する處にあたり、流は極めて徐かで水が深い、その下流に接して、河中に大小の岩石が相擁して巨大な甌穴を作り、中に碧水を湛へて居る。大きな方の岩の上には常水面より遙かに高く小さな甌穴が見られる。次に澄鮮橋を渡り、右に瀧を見、寒凄橋を過ぎると、白雲洞と稱するトンネルがある。このあたりが鹽原の絕景の一と稱せらる。トンネルをぬけると右に材木岩が見える。これは柱狀節理の發達した石英粗面岩で、五角または六角の柱を存して居る。こゝから右に登る細道があり、三〇〇米で龍化瀧に達する。この瀧は三段より成り、上段は懸崖を直下し、中段は二つに分れ岩壁の左右を下り、下段は傾斜せる岩盤を滑る。鹽原諸瀑中壯觀を呈するものゝ一つである。これより材木岩に引かへして進めば、福渡戶の溫泉場に入る。福渡戶を過ぎると前方に天狗岩が中空高くそゝり立つ。この岩は石英粗面岩の斷層面を示し、直立約一〇〇米、一偉觀を呈し、岩面には數多の裂罅が竝行して斜に左上より右下に走り、岩上には赤松が生へて居て、鹽原に於ける絕勝に數へられる。その上流には河中に七ツ岩が峙つ。なこれは石英粗面岩の岩盤がその中を縱橫に走る裂罅に沿うて河流の水蝕を受けて、U字形に刻まれ岩礁林立の奇勝をなしたもので、流に沿うて二列をなしその間にU字谷が長く連り、各列はまた共に橫に刻まれ、岩上處々に甌穴を存し、大なるものは口徑一米に及ぶ。これより進めば鹽釜溫泉場に入る。道の右方に高尾塚に接して一大化石がある。これは鹽原の溪谷中不動澤、しらん澤及鹿股川のほとりに發見される第三紀化石の一である。

鹽湧橋を渡り鹿股川を左に見て、その谷を上れば鹽の湯があり、その附近は秋季紅葉の絕景を示す處である。これより更に川に沿うて小徑を辿り、南に進めば約四粁に幽邃なる雄飛瀧がある。瀧の前には左右に岩壁が迫り流の退却を示して居る。これより東北一粁に咆哮、雷霆の二瀑が相竝んで傾斜する岩床を滑る、雄飛瀧と共に壯觀を以て聞えて居る。更に南半粁には霹靂の瀧がある。鹽湯から西南に進めば大沼、小沼を經て富士山の裾を廻り、新湯に至る小徑がある。

鹽釜から箒川の本流に沿うて溯れば、谷はやゝ廣くなり、畑下戶、門前の二溫泉場を過ぎ蓬萊橋を渡る。橋上から左方に七絃瀧が美しく眺められる。古町を過ぎて左に小徑を進めば、源三窟の石灰洞がある。洞內に小卷貝の化石を產する。これより上流は谷開けて稻田桑圃あり。北方のしらん澤には木葉石と稱せらるゝ化石が多い。

塩原のみどころ