荒川放水路

荒川放水路

昭和初期のガイド文

荒川下流の水害を防ぐために改修したもので、洪水量の5分の4をここに排流させ、5分の1を隅田川方面へ分流することとして、岩淵町地先に開閉自在の水門を築造し、高水量の分派を調節しています。放水路は赤羽鉄橋から下約12kmの間は河幅450m、そこから下は徐々に拡大して、河口では580mとし、その中央に幅110~260mの常水路を開鑿し、その左右を高水敷としてあります。工費は約3,000万円におよんでいます。

※底本:『日本案内記 関東篇(初版)』昭和5年(1930年)発行

令和に見に行くなら

名称
荒川放水路
かな
あらかわほうすいろ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
備考
旧岩淵水門は現在水門としては活用されていませんが、記念物として残されています。
住所
埼玉県、東京都
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

荒川下流の水害を除くために改修したもので、洪水量の五分の四をこゝに排疏せしめ、五分の一を隅田川方面へ分流することゝし、岩淵町地先に開閉自在の水門を築造し、高水量の分派を調節して居る。放水路は赤羽鐵橋から下約一二粁の閒は河幅四五○米、それより下は漸次擴大して、河口では五八〇米とし、その中央に幅一一〇米乃至二六〇米の常水路を開鑿し、その左右を高水敷としてある。工費約三千萬圓に及んで居る。

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