福山市
福山市
昭和初期のガイド文
蘆田川の三角洲にあり、江戸時代前期の元和5年(1619年)水野勝成が海浜低湿の地を埋めて居城を創築し市井を開設してから起り、後に松平、阿部氏の城下となりました。大正5年(1916年)市制を施き、昭和8年(1933年)近接10村を編入し、面積は38km²あまりです。近年は工業都市として著しく発展し、紡績綿糸、削鰹節、染料、漁網地、魚粉、カラメル等の製造が行われます。人口は5万6,000人。
※底本:『日本案内記 中国・四国篇(初版)』昭和9年(1934年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 福山市
- かな
- ふくやまし
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 広島県福山市
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
蘆田川の三角洲にあり、元和五年水野勝成が海濱低濕の地を埋めて居城を創築し市井を開設してから起り、後松平、阿部氏の城下となつた。大正五年市制を施き、昭和八年近接十村を編入し、面積は三八方粁餘である。近年工業都市として著しく發展し、紡績綿絲、削鰹節、染料、漁網地、魚粉、カラメル等の製造が行はれる。人口五萬六千。