千里ヶ浜
千里ヶ濱
※現代の景観です。
昭和初期のガイド文
千里ヶ浜は平戸町から西に約4km、中野村の東南海岸にあります。バスでのアクセスが可能です。この浜は東西に約1.3kmにわたる白い砂浜と青松が美しい場所で、波がゆるやかに打ち寄せる風光明媚な地です。浜の中央部にある松の下には「鄭成功の碑」が建っています。この碑の高さは約2.2m、幅は約1.5mで、「鄭延平王慶誕芳蹤」と刻まれています。碑文は藩老・葉山鎧軒が撰しました。また、浜には「児誕石」と呼ばれる巨石があります。これは鄭成功の母である田川氏が貝拾いをしていた際にこの石にもたれて成功を産んだと伝えられており、現在では木柵で保護されています。
近くの川内浦には、成功の父で田川氏の夫となった中国人・鄭芝龍の住居跡があります。鄭成功は中国人を父に、邦人(日本人)を母に持つ人物で、明王朝に仕えました。その志は清王朝に抗して明の国運を回復しようとしたものであり、世間では「国姓爺」として知られる英雄です。
※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 千里ヶ浜
- かな
- せんりがはま
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 長崎県平戸市川内町
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
平戶町より西四粁餘、中野村の東南海岸にあり、自動車の便がある。東西約一粁三に亙り、磯波徐に去來する白砂靑松の地で、濱の中部松下に鄭成功の碑がある。碑の高さ約二米二、幅約一米半、碑面に「鄭延平王慶誕芳蹤」と陰刻され、碑文は藩老葉山鎧軒の撰である。また濱に兒誕石と稱するものがある。鄭成功の母田川氏が貝拾ひの際、この巨石に倚つて成功を生んだと傳へられ、今は木柵を設けて保存してある。附近の川內浦に成功の父卽ち田川氏の女婿となつた支那人鄭芝龍の宅址がある。
鄭成功は支那人を父とし、邦人を母とし、明に仕へ、世に國姓爺と呼ばれ、清に抗して明の國運を挽回せんとした志士である。