平戸和蘭商館跡
平戶和蘭商館址
※現代の景観です。
昭和初期のガイド文
[指定史跡] 平戸港の崎方東端にある常灯鼻の灯台跡に続く場所です。坂道に沿って石を積み重ね、貝殻を混ぜ、セメントのようなもので固められた高さ約2m余り、長さ約40mの塀があり、これを「オランダ塀」と呼んでいます。ここは慶長年間にオランダ人が貿易を行っていた場所で、慶長7年(安土桃山時代末期、1602年)には3層の石造りの館舎が建設されました。しかし、寛永15年(江戸時代前期、1638年)の島原の乱後、幕府の政策により寛永17年(1640年)に商館長フランソア・カロンに命じてこれらの建物を取り壊し、翌年長崎の出島に移転しました。それまでここは外国貿易の重要な拠点でした。現在、土塀のほか、海岸近くには倉庫の残壁が残り、エビス埠頭に通じる道路沿いにはオランダ井戸と呼ばれる石造りの井戸があります。また、崖の上には日蘭貿易記念碑が建っています。
※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行
令和に見に行くなら
- 名称
- 平戸和蘭商館跡
- かな
- ひらどおらんだしょうかんあと
- 種別
- 見所・観光
- 状態
- 現存し見学できる
- 住所
- 長崎県平戸市大久保町2487
- 参照
- 参考サイト(外部リンク)
日本案内記原文
[指定史蹟] 平戶港崎方の東端、常灯鼻の燈臺址に續き、坂道に沿うて石を積み重ね、貝殼を交へ、セメント樣のもので固めた高さ約二米餘、長さ約四〇米の和蘭塀と呼ぶ土塀に圍まれた一角である。慶長年間和蘭人がこの地に於て貿易に從事した所で、同七年には三層の石造館舎を營むに至つたが、寬永十五年島原亂後、幕府事態に鑑み、遂に同十七年商館長フランソア カロンに命じてこれ等宏壯な館舎倉庫を毀たしめ、翌年長崎出島に移したが、それまでは外國貿易上樞要な地であつた。遺址としては土塀の外に、海岸に近く殘存する倉庫の殘壁、エビス埠頭に通ずる道路の傍にある石造の和蘭井戶等があり、崖上には日蘭貿易記念碑が建つて居る。