広福護国寺

廣福護國寺

昭和初期のガイド文

[臨済宗] 武雄駅の西北約1km、武雄町温泉街の裏手にある丘の上に位置し、景観に恵まれた場所に建っています。

この寺は、後宇多天皇から「護国」の名を賜ったと伝えられ、また武雄城主・後藤直明が聖一国師をこの地に招き、祈祷所として定めたとされています。

現在の本堂は江戸時代に再建されたもので、本尊の釈迦如来坐像も江戸時代に作られました。しかし、本堂内に安置されている四天王像は古い仏像であり、国宝に指定されています。

四天王立像[国宝] いずれも木造彩色で、増長天と持国天の像は高さ約1.06m(約3尺5寸)あり、邪鬼を踏む姿が印象的です。他の広目天と毘沙門天の像は、近年補作された岩の上に立ち、同じく高さ約1.06m(約3尺)です。これらは鎌倉時代中期の作品で、非常に力強い彫刻が特徴です。

※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行

令和に見に行くなら

名称
広福護国寺
かな
こうふくごこくじ
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
佐賀県武雄市武雄町大字富岡7438
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

[臨濟宗] 武雄驛の西北約一粁、武雄町溫泉場後方の丘上景勝の地にある。

當寺は後宇多天皇より護國の二字を賜はると傳へ、また武雄城主後藤直明聖一國師をこゝに招聘して祈禱所に定めたと云ふ。

現存の本堂は江戶時代の再建にかゝり、本尊の釋迦坐像も江戶時代の作であるが、その左右に安置されて居る四天王像は古佛像で、國寶に指定されて居る。

四天王立像[國寶] 何れも木造彩色、增長持國の二像は高さ約三尺五寸、邪鬼を踏み、他の廣目毘沙門の二天は近年補作された岩上に立ち高さ約三尺ある。何れもかなり力を蒙つた鎌倉中期の作である。

武雄・嬉野のみどころ