鳥海柵跡

鳥海柵址

昭和初期のガイド文

金ヶ崎駅の西南約1.5km、金崎村二ノ宮の丘上にあります。東は断崖、南北両側は深い沢の崖に面し、西は浅い濠とその外側に造られた土塁をもって区分され大きさ南北150m東西200mにおよびます。ここは前九年役の戦場で安倍頼時はここに没し、その子貞任宗任なども陸奥守源頼家に抗して破れたところです。

※底本:『日本案内記 東北篇(初版)』昭和4年(1929年)発行

令和に見に行くなら

名称
鳥海柵跡
かな
とのみのさくあと
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
岩手県胆沢郡金ケ崎町西根原添下
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

驛の西南約一粁半、金崎村二ノ宮の丘上にある。東方は斷崖、南北兩側は深き澤の崖に面し、西方は淺き濠とその外側に造られた土壘を以て限られ大さ南北一五〇米東西二〇〇米に及ぶ。こゝは前九年役の戰場で安倍賴時はこゝに沒し、その子貞任宗任なども陸奧守源賴家に抗して破れた處である。

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