多久聖廟

多久聖廟
※現代の景観です。

昭和初期のガイド文

[国宝・指定史跡] 多久駅の南約5km、小城郡多久村にあり、役場前まで約4kmの距離はバスでアクセス可能です。この聖廟は、宝永5年(江戸時代、1708年)に多久の領主・多久茂文によって建立されました。茂文は佐賀藩の儒学者であり、学校を設立し、孔子像および四哲(顔子、曾子、思子、孟子)の像を祀るためにこの聖廟を建てました。

本廟は三間四面の重層入母屋造りで、銅板葺きの屋根を持ち、正面には唐破風造りの一間の向拝が付けられています。内部は内陣と外陣に分かれ、内陣は一段高くなっており、正面と左右に設けられた階段で登ることができます。床は板張りで、奥には長方形の壇が設けられ、その上に八角形の厨子が置かれ、孔子像が安置されています。また、聖壇の左右には四哲の像が安置されています。

この建築は日本の建築家による意匠ですが、平面や細部、装飾などが中国の様式に倣って設計されており、中国趣味が際立っています。我が国に現存するこの種の聖廟建築の中でも、最も壮麗な遺構とされています。

※底本:『日本案内記 九州篇(六版)』昭和13年(1938年)発行
多久聖廟

令和に見に行くなら

名称
多久聖廟
かな
たくせいびょう
種別
見所・観光
状態
現存し見学できる
住所
佐賀県多久市多久町1843-3
参照
参考サイト(外部リンク)

日本案内記原文

[國寶·指定史蹟] 多久驛の南約五粁、小城郡多久村にあり、役場前まで約四粁、自動車の便がある。この聖廟は寶永五年卽ち今より二百二十餘年前多久の邑主多久茂文の創建する所である。茂文は佐賀藩の儒者で、學校を興し、孔子像及四哲、卽ち顏子、曾子、思子、及孟子の像を祀るために建てたのが卽ちこの聖廟である。

本廟三間四面重層入母屋造、銅板葺正面に一間の向拜を附し、その屋根は唐破風造になつて居る。內部は內外兩陣に分かれ、內陣は一段高く、正面及左右に設けられた階段によつて登る。床は板張にして奧に長方形の壇を設け、八角の厨子を置き、孔子像を安置して居る。また聖壇前面左右の龕には、四配像を安置して居る。

本建築はすべて我が建築家の意匠になつたものであるが、その平面細部裝飾等、皆支那の樣式に做つて居るため頗る支那趣味を發揮せる建築で、我が國に現存せるこの種聖廟建築中最も壯麗な遺構である。

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